観光客1476万人で過去最多、修学旅行生は減少——広島に「来る人」と「来なくなった人」の分岐点
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観光客1476万人で過去最多、修学旅行生は減少——広島に「来る人」と「来なくなった人」の分岐点
広島市を2023年に訪れた観光客は1476万人。2年連続で過去最高を更新した。外国人観光客の回復が牽引し、被爆80年という節目を前にした国際的な関心の高まりも追い風になっている。
その一方で、修学旅行生の数は減り続けている。
増える人と、来なくなる人。同じ街の同じ場所を巡る話なのに、二つの数字は逆方向に動いている——この分岐が何を意味するのか。観光の仕組みと、教育の仕組み。それぞれの裏側を見ると、少し違った風景が浮かぶ。
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1476万人を支える「滞在を延ばす仕組み」
数字だけを見れば、広島の観光は好調そのものだ。だが1476万人という数が自然に積み上がったわけではない。その裏には、観光客の「滞在時間を1時間でも延ばす」ための地道な仕組みづくりがある。
広島県が2024年に開催した体験型観光の商談会には、県内30団体が参加した。地元の牡蠣養殖場を巡るツアー、熊野筆の工房での筆づくり体験、瀬戸内の島々を結ぶサイクリングルートの提案——いずれも「通過する街」から「留まる街」への転換を狙った商品だ。旅行会社との直接交渉の場を設けることで、パッケージツアーに組み込まれる確率を上げる。個々の事業者の努力ではなく、商談の場という仕組みで回す設計になっている。
もう一つ注目すべきは、原爆資料館の予約制導入だ。コロナ禍以降、入館者の集中を避けるために始まった仕組みだが、結果として「待ち時間の解消」という副産物を生んだ。以前は修学旅行シーズンや大型連休に2時間待ちが常態化していた資料館が、予約によって滞在計画に組み込みやすくなった。観光客にとっては「行けるかどうかわからない場所」から「確実に行ける場所」に変わった。この変化は小さいようで大きい。
さらに、被爆電車を活用した特別運行「ピースループ653」は、広島電鉄が保有する被爆車両653号を使い、市内を巡りながら被爆体験の朗読を聞くプログラムだ。移動そのものを「体験」に変える発想は、観光と歴史学習の境界を溶かしている。2024年の運行では定員を超える申し込みがあったと報じられている。
これらの施策に共通するのは、「来てください」と呼びかけるのではなく、「来た人が長く居たくなる構造」をつくっている点だ。集客ではなく滞在設計——この転換が、1476万人という数字の中身を変えつつある。
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修学旅行生はなぜ減っているのか
広島市が公表している観光統計によれば、修学旅行生の受入数はピーク時から減少傾向が続いている。全国的に見ても、日本修学旅行協会の調査では、中学校の修学旅行先として広島を選ぶ割合は2010年代後半から緩やかに下がっている。
なぜか。
一つは、コストの問題だ。修学旅行の費用は公立中学校で1人あたり5万〜7万円程度が一般的とされるが、交通費の上昇や宿泊費の高騰が学校の予算を圧迫している。特に関東圏の学校にとって、広島は新幹線で片道4時間弱——京都・奈良と比べると移動時間もコストも上乗せになる。限られた予算の中で「広島まで足を延ばす」判断は、年々ハードルが上がっている。
もう一つは、カリキュラムの変化だ。探究学習やSDGs教育の導入に伴い、修学旅行の目的地選定も多様化している。平和学習は依然として重要なテーマだが、「平和学習=広島・長崎を訪れること」という前提が薄れつつある。オンラインで被爆者の証言を聞く授業や、地域の戦争遺跡を巡るフィールドワークなど、代替手段が増えたことで、「現地に行く必然性」を説明しにくくなっている側面がある。
そしてもう一つ、あまり語られないが見過ごせない要因がある。被爆者の高齢化だ。被爆体験を直接語れる方の平均年齢は85歳を超えた。修学旅行で広島を訪れた学生が「被爆者の話を直接聞けた」という体験は、かつて広島を選ぶ最大の理由だった。その機会が物理的に減っていることは、修学旅行先としての広島の「唯一性」を揺るがしている。
減少の背景にあるのは、広島の魅力が落ちたという話ではない。広島を取り巻く「選ばれる仕組み」——費用構造、カリキュラム設計、体験の代替可能性——が変わったのだ。
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二つの数字が映す「誰を楽にしているか」
観光客1476万人と、減り続ける修学旅行生。この二つの数字を並べたとき、見えてくるのは「仕組みが誰を向いているか」という問いだ。
体験型観光の商談会も、資料館の予約制も、被爆電車ツアーも——これらは主に個人旅行者や外国人観光客の動線を想定して設計されている。自分で旅程を組み、自分で予約し、自分の関心に沿って街を歩く人たちにとって、広島は確実に「行きやすい街」になっている。
一方、修学旅行は違う。40人の生徒を引率し、バスの手配と食事の段取りと学習プログラムの調整を同時に進める教員にとって、広島を選ぶための「楽になる仕組み」はどれだけ整っているだろうか。費用の補助制度、学校向けの一括予約システム、事前学習と現地体験を接続するカリキュラムパッケージ——こうした「教員を楽にする仕組み」の有無が、選ばれるかどうかの分岐点になっている可能性がある。
長崎市は2023年度から、修学旅行で長崎を訪れる学校に対してバス代の一部を補助する制度を導入した。沖縄県は、平和学習と自然体験を組み合わせたモデルコースを学校向けに無償提供している。他の「平和学習の地」が仕組みで教員の負担を下げにかかっている中、広島がどう応じるかは注視すべきポイントだ。
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「伝わる」と「伝える」の間にあるもの
被爆80年を迎える2025年、広島には世界中からさらに多くの人が訪れるだろう。G7広島サミット以降、国際的な認知度は確実に上がった。観光客数はおそらく、また過去最高を更新する。
だが、数字が増えることと、伝わることは同じではない。
観光客が資料館を訪れ、原爆ドームの前で足を止め、写真を撮る。その行為の中に「伝わった」瞬間があるかどうかは、外からは測れない。一方で、修学旅行で広島を訪れた15歳が、被爆者の言葉を聞いて黙り込んだ——その沈黙の中に何かが残るかどうかも、数字には表れない。
観光の仕組みは「来る人」を増やすことに長けている。だが「来なくなった人」の不在が何を意味するかは、仕組みの外側にある問いだ。
広島市の観光戦略は、滞在時間を延ばし、体験の質を上げ、リピーターを生む方向に進化している。その設計思想は正しい。ただ、修学旅行という「仕組みとして次世代を送り込む装置」が細っていく現実に対して、観光と教育の間に橋を架ける設計が要る。
被爆電車653号の車内で朗読される証言は、録音された声だ。生身の被爆者がいなくなった後も、あの路面電車は広島の街を走り続ける。問われているのは、その電車に誰を乗せるか——そして、乗せるための仕組みを誰がつくるか、ということだ。
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JA
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