ARグラスで野球観戦×競輪自転車体験×日本酒はしご酒——マツダスタジアムが「試合以外」で稼ぐ仕組みの設計図

球場という「箱」を、誰が何で満たすか 年間70試合前後のホームゲームがある。裏を返せば、残りの約290日、スタジアムの座席は空のままだ。広島市南区にあるMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)は、その「空白の29

By Rei

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球場という「箱」を、誰が何で満たすか

年間70試合前後のホームゲームがある。裏を返せば、残りの約290日、スタジアムの座席は空のままだ。広島市南区にあるMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)は、その「空白の290日」をどう埋めるかという問いに、少し変わった角度から答え始めている。

ARグラスを使った観戦の実証実験、競輪自転車の体験走行、そして広島の酒蔵を巡る「日本酒ゴーアラウンド」——一見するとバラバラに見える3つの施策だが、並べてみると共通する設計思想が浮かぶ。「試合がなくても人が来る理由をつくる」のではなく、「試合がある日の体験を厚くし、試合がない日にも別の文脈で人を呼ぶ」という二層構造だ。これは誰を楽にするか。球団経営だけではない。球場周辺で商いをする人、広島の地酒を届けたい蔵元、競輪という競技を次の世代に届けたい関係者——それぞれの「届けたい」が、球場という器の中で噛み合い始めている。

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ARグラスが変えるのは「視界」ではなく「滞在の質」

2024年シーズン、マツダスタジアムではプロ野球12球団で初となるARグラスの実証実験が行われた。観客が軽量のグラスを装着すると、目の前のグラウンドに選手の打率や球速、過去の対戦成績といったデータがリアルタイムで重なって表示される。スマートフォンの画面に視線を落とす必要がなく、試合の流れを追いながら情報を得られる——その体験設計がポイントだ。

ただし、ここで注目すべきは技術そのものよりも、この実証実験が「球場でしかできない体験」を再定義しようとしている点にある。映像配信が高画質化し、データ表示もアプリで手軽にできる時代に、わざわざ球場へ足を運ぶ理由は何か。ARグラスが提示する答えは「生の空気感と情報の重なり」だ。歓声の振動を肌で感じながら、同時にデータで試合を読む。その二重の体験は、自宅のソファでは再現できない。

現時点では実証段階であり、グラスの貸出台数や対応席種は限定的とみられる。価格設定や通信環境の安定性といった課題も残る。だが、仮に将来的にプレミアムシート向けの有料オプションとして定着すれば、1席あたりの客単価を数百円〜数千円単位で押し上げる可能性がある。チケット収入の「天井」を技術で引き上げる——その設計図の最初の一筆が、ここに引かれている。

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競輪自転車体験——「別の競技のファン」を球場に招く逆転の発想

2025年2月、広島市で初のG1競輪レース「全日本選抜競輪」が広島競輪場で開催される。それに先立ち、マツダスタジアムでは競輪自転車の体験イベントが実施された。参加者は実際の競輪用バンクではなく球場内の特設コースで、固定ギアの競技用自転車に跨り、現役選手やOBから走り方の指導を受けた。

この施策の構造が面白い。競輪の側から見れば、野球ファンという「まだ競輪を知らない層」へのリーチ手段であり、球場の側から見れば、試合のない日に集客できるコンテンツの獲得だ。双方にとって「借り物の場所」ではなく「互いの顧客基盤を交換する場」として機能している。

競輪は公営競技として長い歴史を持つ一方、ファンの高齢化が指摘されて久しい。近年はネット投票の普及で売上自体は回復基調にあるものの、「競輪場に足を運ぶ若年層」の獲得は依然として課題だ。球場という、家族連れや20〜30代が日常的に訪れる空間で体験の接点をつくることは、競輪にとっての「入口」を増やす試みといえる。

一方、球団にとっても意味は小さくない。オフシーズンの球場活用は維持管理費の回収に直結する。3万人超を収容できるスタジアムの照明・空調・警備のコストは、使っても使わなくても一定額が発生する。その固定費を「野球以外の文脈」で薄めていく——競輪体験はその一手にすぎないが、同じ枠組みで他競技やeスポーツ、音楽イベントへの展開も視野に入る構造だ。

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日本酒ゴーアラウンド——球場の「外」に経済を滲み出させる

3つ目の施策は、球場の中で完結しない。「日本酒ゴーアラウンド」は、10月1日の「日本酒の日」を起点に、広島市内の飲食店を巡りながら各店が推す地酒を楽しむ回遊型イベントだ。参加店舗はそれぞれ異なる酒蔵の銘柄を用意し、来場者は専用のパスポートを手にはしご酒を楽しむ。

広島県は兵庫・京都に次ぐ日本酒の名産地であり、県内には約40の酒蔵が点在する。しかし、観光客が「広島=日本酒」と即座に連想するかといえば、牡蠣やお好み焼きほどの認知度はまだない。このイベントは、球場周辺のにぎわいを市内の飲食店へ「滲み出させる」仕掛けとして設計されている。

注目したいのは、ここでの球場の役割が「会場」ではなく「起点」になっている点だ。試合観戦後の余韻を持ったまま、街へ出て飲食店を巡る。球場が生み出す人の流れを、球場の外の経済圏につなぐ。球団が直接収益を得るわけではないが、「マツダスタジアムに行く日は、街ごと楽しい」という体験が定着すれば、それ自体がチケット購入の動機になる。収益化の回路が一周して戻ってくる設計だ。

地元の飲食店にとっても、試合日の来客増は歓迎すべきことだが、それが「カープの勝ち負け」だけに左右されるのは不安定でもある。日本酒という独立したテーマでイベントを組むことで、試合結果に依存しない集客の軸がもう一本立つ。これは誰を楽にするか——球場の外で商いをする人たちだ。

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3つの施策に通底する「仕組みの設計図」

改めて3つを並べてみる。

  • ARグラス:試合がある日の「1席あたりの価値」を上げる(客単価の向上)
  • 競輪体験:試合がない日に「別の文脈」で人を呼ぶ(稼働日数の拡大)
  • 日本酒ゴーアラウンド:球場の外に経済効果を滲み出させる(地域経済との接続)

客単価×稼働日数×地域への波及——この三軸で収益構造を組み立てている点が、マツダスタジアムの設計図の核心だ。どれか一つが突出しているわけではない。むしろ、三つが静かに噛み合うことで、チームの成績という最大の変数に経営が振り回されにくくなる。

もちろん、いずれも現時点では「種まき」の段階にある。ARグラスは実証実験を終えたばかりで、恒常的なサービスとしての収支モデルはこれからだ。競輪体験も単発イベントの域を出ていない。日本酒ゴーアラウンドの経済効果を定量的に測る仕組みも、まだ整っていないだろう。

それでも、この三つが同じ時期に、同じ球場を起点に動いているという事実に、仕組みとしての意志を感じる。個々の施策を「面白いイベントをやりました」で終わらせず、球場経営の構造そのものを組み替えようとしている——少なくとも、その輪郭は見え始めている。

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「届けたい」が交差する場所

スタジアムは本来、試合を見る場所だ。だが、年間290日の空白と、試合日であっても「観戦だけ」では満たされない体験への期待が、球場の役割を静かに変えつつある。

ARの技術者は「データで野球をもっと面白くしたい」と考え、競輪の関係者は「この競技を次の世代に届けたい」と願い、酒蔵の人たちは「広島の酒をもっと知ってほしい」と思っている。それぞれの「届けたい」は別々の方向を向いているのに、球場という場所で交差したとき、一つの収益構造として成立し始める。

個人の熱意ではなく、仕組みが回ること。それ自体が、この街の球場が見せてくれる一番の試合かもしれない。

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