人が走らせ、実が実り、客が歩く——「外」から来た力が瀬戸内を回す仕組みの話

三つの「外」が、同じ海の上で動いている 瀬戸内の海沿いで、少し不思議なことが起きている。 広島県でインドネシア出身のバス運転手が路線バスのハンドルを握り、江田島のオリーブオイルが国際品評会で8年連続の最高賞を手にし、尾道の商店街には外国

By Rei

|

Related Articles

三つの「外」が、同じ海の上で動いている

瀬戸内の海沿いで、少し不思議なことが起きている。

広島県でインドネシア出身のバス運転手が路線バスのハンドルを握り、江田島のオリーブオイルが国際品評会で8年連続の最高賞を手にし、尾道の商店街には外国人観光客の姿が日常になった——それぞれ別の文脈で語られるニュースだが、並べてみると一つの構造が浮かぶ。「人・モノ・客」という三種類の「外から来た力」が、この地域の日常を静かに、しかし確実に回し始めているということだ。

これは「外国人が来て地域が元気になりました」という単純な話ではない。それぞれの現場で、受け入れる側の仕組みがどう整えられたのか——その裏側にこそ、読むべきものがある。

「運転手がいない」から始まった採用の設計図

広島交通が2024年にインドネシア出身のバス運転手2名を採用したというニュースは、一見すると人手不足対策の一例に見える。だが、この2名がかつて日本で技能実習生として働いた経験を持つという点に注目したい。

日本のバス業界における運転手不足は深刻だ。国土交通省の調査によれば、バス運転手の有効求人倍率は全職種平均の約2倍にのぼり、地方路線の減便・廃止は全国で加速している。広島県内も例外ではなく、中山間地域や島しょ部を結ぶ路線の維持は年々厳しさを増す。

この状況下で広島交通が選んだのは、「日本語も日本の道路事情もすでに知っている元実習生」を運転手として迎えるという設計だった。大型二種免許の取得支援、日本語での接客研修、地域住民への事前説明——採用の裏側には、一人の運転手を路線に送り出すまでの段取りが幾重にも重なっている。

重要なのは、これが「特別な善意」ではなく「再現可能な仕組み」として組まれている点だ。広島交通は今後も外国人運転手の採用を継続する方針を示しており、同様の取り組みは他の地方交通事業者にとっても参考になるだろう。ただし、在留資格の要件や免許制度との整合など、制度面の課題はまだ残る。個別企業の努力だけでは限界がある領域だからこそ、仕組みとして広がるかどうかが問われる。

バスが走るということは、その先に暮らしがあるということだ。運転手の国籍が変わっても、乗客が降りるバス停は変わらない。

8年連続最高賞——「瀬戸内の気候」だけでは説明できない

江田島産のオリーブオイルが国際品評会で8年連続の最高賞を受賞している。この事実を「瀬戸内の温暖な気候がオリーブ栽培に適している」とだけ説明するのは、少し足りない。

気候が適しているのは事実だ。しかし、日本国内でオリーブを栽培する産地は小豆島をはじめ複数ある。その中で江田島が継続的に国際評価を得ている背景には、栽培から搾油までの工程管理に対する執念がある。

江田島市がオリーブ栽培の振興に本格的に取り組み始めたのは2010年代。耕作放棄地の活用という課題と、新たな特産品の創出という目標が重なったところに、オリーブという選択肢があった。注目すべきは、品質管理の基準を「国際品評会で評価されるレベル」に最初から設定したことだ。地元消費向けの土産物ではなく、世界の専門家の舌に耐える品質——その目標設定が、栽培技術の研鑽と搾油設備への投資を引き出した。

「外からの評価基準」を自らの物差しとして取り込んだこと。これが江田島のオリーブの本質的な強さだと思う。8年連続という数字は、一度の幸運ではなく、仕組みとして品質を維持できていることの証明にほかならない。

地域の農産物が国際市場で評価されることの意味は、売上の増加だけにとどまらない。「ここで作ったものが、世界で認められた」という事実は、生産者の誇りになり、次の世代がこの土地で農業を続ける理由になる。オリーブの実は外から持ち込まれた品種だが、それを育てたのは、この島の土と水と、人の手だ。

尾道の商店街で起きていること——「客が来る」の先にある問い

尾道本通り商店街を歩くと、英語や中国語、韓国語が自然に耳に入ってくる。坂の街と猫と映画の街として知られてきた尾道は、近年、訪日外国人観光客の間で「広島から足を延ばす価値のある場所」として認知が広がった。

SNSの影響は大きい。千光寺からの眺望、路地裏の猫、レトロな商店街の佇まい——写真映えする風景が海外のSNSで拡散され、個人旅行者が増えた。それに呼応するように、商店街には新規出店が相次いでいる。地元食材を使ったカフェ、古民家を改装したゲストハウス、オリジナルの土産物を扱うセレクトショップ。空き店舗率の高さが課題だった商店街に、新しい灯がともっている。

ただ、ここで立ち止まって考えたいことがある。観光客の増加は、誰を楽にしているのか。

新規出店の担い手が地元住民なのか、外部からの移住者や投資家なのかによって、利益の循環構造は変わる。家賃の上昇が既存店舗を圧迫していないか。観光客向けの店舗ばかりが増えて、地元住民が日常的に使う店が減っていないか。「活気が戻った」という言葉の裏側にある、暮らしの手触りを見落としてはいけない。

尾道市が観光客向けの体験プログラムやイベントを充実させていることは、滞在時間と消費額を増やすという点で合理的だ。しかし、観光と暮らしのバランスをどこに置くかは、数字だけでは測れない判断を含む。商店街のアーケードの下で、地元の高齢者が買い物をする姿と、外国人観光客がカメラを構える姿が自然に共存できているかどうか——その風景こそが、この取り組みの成否を映す鏡になる。

三つの現場に共通する構造

バス運転手、オリーブオイル、観光客。三つの話題に共通しているのは、「外から来たもの」が地域に入るとき、それを受け止める仕組みが先に用意されていたという点だ。

広島交通は免許取得支援と研修制度を整えた上で採用に踏み切った。江田島は国際基準の品質管理体制を構築した上でオリーブを育てた。尾道は空き店舗の活用スキームや観光インフラの整備を進めた上で観光客を迎えた。

どれも「来てくれたから何とかなった」のではなく、「受け入れる準備をしたから、来たものが力になった」という順序だ。この順序を間違えると、外からの力は摩擦にしかならない。

瀬戸内という地域は、古くから海を通じて「外」とつながってきた。北前船の寄港地として、軍港として、造船の街として——常に外からの人・モノ・情報を受け入れ、それを自らの力に変えてきた歴史がある。今起きていることは、その長い文脈の中にある、最新の一章にすぎない。

これから見るべきもの

三つの現場には、それぞれ次の問いが待っている。

バス運転手については、採用の仕組みが他の事業者や他の職種にも展開できるかどうか。制度設計の汎用性が試される。オリーブオイルについては、8年連続の受賞を支えてきた生産者の世代交代がどう進むか。仕組みは属人性を超えられるかという問いだ。尾道の商店街については、観光客の波が引いたときにも持続可能な経済構造が残っているかどうか。インバウンド依存のリスクをどう分散するかが課題になる。

いずれも、華やかな成果の裏にある地味な段取り——制度設計、品質管理、都市計画——が問われるフェーズに入っている。

「外から来た力」は、きっかけにはなる。しかし、それを受け止めて回し続けるのは、その土地に根を張った仕組みと、仕組みの中で動く人の手だ。瀬戸内の海は穏やかに見えて、その下では複雑な潮流が絶えず動いている。地域もまた、そうだと思う。

静かに回り始めた歯車の音に、少し耳を澄ませていたい。

POPULAR ARTICLES

Related Articles

POPULAR ARTICLES

JP JA US EN