基地の街に、もうひとつの経済圏が芽吹いている——岩国の高校生がe-bikeで描く「滞在する理由」

錦帯橋を渡った先に、何があるか 岩国と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは二つの風景だろう。五連のアーチが川面に映る錦帯橋——そして、滑走路から離陸する戦闘機の轟音。観光と基地。この街はずっと、その二つの引力の間で揺れてきた。 だが今、そ

By Rei

|

Related Articles

錦帯橋を渡った先に、何があるか

岩国と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは二つの風景だろう。五連のアーチが川面に映る錦帯橋——そして、滑走路から離陸する戦闘機の轟音。観光と基地。この街はずっと、その二つの引力の間で揺れてきた。

だが今、その構図に小さな変化が起きている。地元の高校生たちがe-bike(電動アシスト自転車)を使った周遊型観光を提案し、錦帯橋まつりには約1万人が足を運び、一方でFCLP(Field Carrier Landing Practice=模擬着艦訓練)は硫黄島での実施へと移った。一つひとつは別々のニュースに見える。しかし並べてみると、ある輪郭が浮かんでくる——基地経済に依存しない「もうひとつの経済圏」を、この街の人たちが自分の手で編み始めているということだ。

「通過」を「滞在」に変える仕組み

岩国市の観光が長年抱えてきた課題は、いわゆる「通過型」の構造にある。錦帯橋を渡り、岩国城を見上げ、写真を撮って帰る。滞在時間は平均して2〜3時間程度とされ、宿泊を伴う旅行者の比率は低い。観光消費額が周辺の飲食店や宿泊施設に十分に落ちないまま、人だけが流れていく。

高校生たちが着目したのは、まさにこの「滞在時間の短さ」だった。彼らの提案は、錦帯橋周辺だけでなく、岩国市内に点在する酒蔵、白蛇の館、城下町の路地裏、錦川沿いの集落といったスポットをe-bikeで巡る周遊ルートの設計だ。車では素通りしてしまう小さな風景に、自転車の速度だからこそ出会える。坂の多い地形も、電動アシストなら負担が少ない。

e-bikeの導入コストは1台あたり約10〜15万円。仮に30台を揃えるなら初期投資は300〜450万円規模になる。決して小さな金額ではないが、1回のレンタル料金を3,000〜4,000円と仮定すれば、年間稼働率次第で2〜3年での回収は現実的な線だ。重要なのは、この仕組みが「1人の観光客の滞在時間を1時間でも延ばす装置」として機能する点にある。滞在が延びれば、昼食が生まれ、カフェに立ち寄り、土産物を手に取る時間が生まれる。e-bikeそのものの収益よりも、周辺経済への波及効果のほうがはるかに大きい。

この提案が注目に値するのは、高校生たちが単に「e-bikeを置こう」と言ったのではなく、「通過型から滞在型へ」という観光構造の転換を、具体的な移動手段の設計として落とし込んだ点にある。問題の抽象度を一段下げ、実行可能な形にした——その思考のプロセス自体が、地域にとっての資産だと思う。

1万人が集まった日——錦帯橋まつりが映すもの

2023年の錦帯橋まつりに約1万人が来場したという事実は、数字以上の意味を持っている。

錦帯橋まつりは、大名行列の再現や神事を中心とした伝統行事だ。派手なフェスでもなければ、SNS映えを狙ったイベントでもない。それでも1万人が集まるのは、「この街に来る理由」が錦帯橋という建造物だけではなく、そこに重なる人の営みや季節の空気にあることを示している。

ここで注目したいのは、高校生のe-bike提案とこの祭りが、実は同じ問いに対する別角度の回答になっていることだ。e-bikeは「空間的な回遊」を生む仕組みであり、祭りは「時間的な集中」を生む仕組みである。どちらも、観光客と地域の接触面を広げるための装置——つまり「滞在する理由」を増やす試みだ。角度は違うのに、向かっている先が同じ。こういう噛み合い方が、仕組みとして美しいと感じる。

加えて、祭りの運営を支えているのは地元の商店街や自治会、ボランティアの人々だ。表舞台に立つ大名行列の裏側で、交通整理をし、テントを立て、ゴミを分別する人たちがいる。観光経済とは、華やかな集客の裏にあるこうした段取りの総体でもある。

FCLPの移転が意味すること——「声を上げる」と「仕組みが動く」の間

FCLP(模擬着艦訓練)は、空母艦載機のパイロットが陸上の滑走路で着艦の反復訓練を行うものだ。激しい騒音を伴い、周辺住民の生活環境に深刻な影響を及ぼす。岩国基地がその予備施設に指定されていたことに対し、住民は長年にわたって移転を求めてきた。

ここで事実関係を整理しておきたい。FCLPの主たる訓練地はもともと硫黄島であり、岩国基地はあくまで「天候不良時などの予備施設」という位置づけだ。住民の反発によって硫黄島に「移転した」というよりは、岩国での実施を回避させ続けてきた——という表現のほうが実態に近い。さらに、防衛省は馬毛島(鹿児島県西之表市)にFCLP用の恒久的施設を建設中であり、完成すれば訓練の枠組み自体が変わる可能性がある。

つまり、この問題は「住民が声を上げたから訓練が消えた」という単純な構図ではない。住民の声、日米間の政治的調整、代替施設の整備計画——複数の力学が絡み合った結果として、現在の状態がある。ただし、住民が声を上げ続けたことが、政治的意思決定の中で一つの重しとして機能してきたことは確かだ。「声を上げること」と「仕組みが動くこと」の間には、目に見えない時間と段取りが積み重なっている。

基地経済と観光経済——二項対立ではなく、重なりの中で

岩国市の経済において、基地関連の交付金や雇用が大きな比重を占めていることは事実だ。防衛省の資料によれば、基地交付金・調整交付金は年間数十億円規模にのぼり、基地内外での雇用も数千人単位で存在する。この経済的な現実を無視して「基地依存からの脱却」を語ることは、少し乱暴だろう。

むしろ見るべきは、基地経済と観光経済が「どちらか一方」ではなく、重なり合いながら共存しているという構造だ。基地があるからこそ生まれる国際交流イベントもあれば、基地の騒音が観光地としてのブランドを損なう側面もある。高校生たちのe-bike提案や錦帯橋まつりの盛況は、基地経済を否定するものではなく、その隣にもうひとつの経済の柱を立てようとする動きだ。

「これは誰を楽にするか」——その問いで見れば、答えは少し具体的になる。e-bikeの周遊ルートは、錦帯橋周辺に集中していた観光客の流れを分散させ、これまで恩恵を受けにくかった地域の店舗や施設に人を届ける。祭りの継続は、地元の商店や飲食店に年に一度の確実な需要をもたらす。FCLPの回避は、住宅地の静穏を守り、不動産価値の下落を防ぐ。それぞれが、異なる立場の人の日常を少しずつ楽にする仕組みとして機能している。

小さな歯車が噛み合う先に

高校生の提案、祭りの運営、騒音問題への対応——これらは規模も性質もまったく異なる出来事だ。しかし、その底流には共通する一つの動きがある。「この街の暮らしを、自分たちの手で少しだけ良くする」という、地味で、継続的で、具体的な営みだ。

岩国のe-bike構想がこの先どう実装されるかは、まだわからない。資金調達の壁もあれば、運営体制の課題もある。錦帯橋まつりの来場者数が来年も維持されるかどうかも、確約はない。馬毛島の施設が完成した後の岩国基地の役割がどう変わるかも、注視が必要だ。

確実に言えるのは、この街には「仕組みを考える人」がいるということだ。高校生がコスト計算をしながら観光ルートを描き、住民が数十年にわたって訓練の影響を記録し、祭りの裏方が毎年同じ段取りを黙々と回す。派手さはない。けれど、こうした小さな歯車の一つひとつが噛み合ったとき、街の経済は——誰かに与えられるものではなく、自分たちで回すものになる。

POPULAR ARTICLES

Related Articles

POPULAR ARTICLES

JP JA US EN