動物園に野生のクマが来た——広島で「人と獣の境界線」が溶けている構造的な理由

飼育されたクマがいる場所に、野生のクマが現れた 5月31日深夜、広島市安佐北区の安佐動物公園・西園に設置された監視カメラが、一頭のツキノワグマを捉えた。飼育個体ではない。野生のクマが、動物園の敷地内に入り込んでいた。 園はただちに西園の

By Rei

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飼育されたクマがいる場所に、野生のクマが現れた

5月31日深夜、広島市安佐北区の安佐動物公園・西園に設置された監視カメラが、一頭のツキノワグマを捉えた。飼育個体ではない。野生のクマが、動物園の敷地内に入り込んでいた。

園はただちに西園の一部エリアを閉鎖し、来園者の安全確保に動いた。動物園とは本来、人が管理した空間の中で動物と出会う場所である。その「管理された境界」の内側に、管理されていない野生が入ってきた——この事実が持つ意味は、単なるハプニングでは済まない。

同じ時期、廿日市市ではクマと車両の衝突事故が発生し、松本太郎市長が対策強化の意向を表明した。中国自動車道でもクマとの接触事故が報告されている。広島県北部では、2024年度のクマ出没情報が前年同月比で約30%増加したとされるデータもある。

これらは別々のニュースのように見える。だが並べてみると、ひとつの構造が浮かび上がる。——人と獣を隔てていた「あいだの空間」が、静かに消えている。

溶けているのは「境界線」ではなく「緩衝地帯」

「人とクマの境界線が曖昧になっている」という言い方がよくされる。だが、もう少し正確に言えば、溶けているのは境界線そのものではなく、その手前にあった緩衝地帯だ。

かつて中山間地域には、人が日常的に手を入れる里山——薪を採り、下草を刈り、畑を耕す空間——があった。この空間が、山の奥に棲むクマと、人の暮らす集落のあいだに「見通しの利く距離」をつくっていた。クマにとっても、人の気配がある場所は近づきにくい。里山は物理的な壁ではなく、「気配の壁」として機能していた。

広島県の中山間地域では、過去20年間で農業従事者が大幅に減少している。耕作放棄地は全国的にも増加の一途をたどり、広島県も例外ではない。人が入らなくなった農地や山林は藪に覆われ、クマにとっての移動経路になる。やがて、かつて人が暮らしていた場所がクマの行動圏に組み込まれていく。

廿日市市でクマと車が衝突したという事実は、クマが「山から降りてきた」というよりも、クマの行動圏がすでに道路のある場所まで広がっていることを意味する。中国自動車道での接触事故も同じ文脈にある。道路はもともと山を切り開いてつくられたものだ。その周囲の管理が薄くなれば、クマにとって道路は「行動圏の中にある障害物」に過ぎなくなる。

安佐動物公園の立地が映し出すもの

安佐動物公園は広島市安佐北区に位置する。広島市の中心部から車で30分ほど。都市と山が接する、まさに境界の地形にある。

園の周囲には住宅地が広がる一方、背後には山林が迫る。この立地そのものが、広島という都市の構造を映している。広島市は三角州の平地に市街地が広がり、そのすぐ裏手に山地が控える。都市と自然のあいだの距離が、もともと短い。

安佐動物公園に野生のクマが入ったという出来事は、この地形的な近さに加えて、周辺の里山管理が変化していることを示唆する。園の関係者にとっては、飼育動物の安全管理に加えて、野生動物の侵入防止という新たな課題が加わったことになる。フェンスの強化、監視カメラの増設、夜間巡回の体制——いずれもコストと人手がかかる。動物園の運営予算の中で、こうした「守りのコスト」がどこまで確保できるかは、園だけの問題ではなく、自治体の財政判断にも関わる。

松本太郎・廿日市市長は「人身事故を防ぐためにしっかりと対策に取り組んでまいります」と述べた。この言葉の重みは、裏を返せば「人身事故が起きうる段階にまで事態が進んでいる」という認識の表明でもある。

対策の構造——「追い払い」から「仕組みの再設計」へ

クマ対策と聞くと、多くの人は「出没したら追い払う」「危険なら捕獲する」という対処を思い浮かべるだろう。実際、自治体の対策の多くは出没後の対応——注意喚起、パトロール、箱わなの設置——に集中している。

だが、出没が構造的に増えているのであれば、対処療法だけでは追いつかない。問題の根にあるのは、緩衝地帯の消失という「仕組みの崩れ」だからだ。

いくつかの自治体では、緩衝地帯の再生に取り組む動きがある。耕作放棄地の草刈りを地域ぐるみで行う、電気柵の設置を集落単位で進める、クマの誘因となる放置果樹の伐採を支援する——いずれも地味な作業だが、クマと人のあいだに「気配の壁」を再構築する試みだ。

広島県は2023年度、ツキノワグマ対策として捕獲や追い払いに加え、出没情報の共有システムの整備を進めてきた。しかし、情報を集めることと、その情報をもとに現場で動ける体制をつくることのあいだには、まだ距離がある。集落の高齢化が進む地域では、情報が届いても対応できる人がいないという現実がある。

廿日市市の対策強化が注目されるのは、この「情報と実行のあいだ」をどう埋めるかという問いに、ひとつの事例を示す可能性があるからだ。市長の発言が具体的な予算措置や体制整備にどうつながるのか——その過程こそが、他の自治体にとっての参照点になる。

農家と暮らしへの影響——数字の裏にある日常

クマの出没増加は、数字の上では「前年比30%増」と表現される。だが、その数字の裏には、毎朝畑に出るたびに周囲を見回す農家の緊張がある。収穫直前のトウモロコシが一晩で荒らされる損失がある。子どもの通学路に出没情報が出て、保護者が送迎に切り替える判断がある。

農作物被害の経済的損失は、個々の農家にとっては営農継続の判断に直結する。被害が続けば「もう山沿いの畑はやめよう」という選択が生まれ、それがさらに耕作放棄地を増やし、緩衝地帯の縮小を加速させる。問題が問題を再生産する、負の循環がここにある。

交通事故のリスクも同様だ。クマとの衝突は車両の損傷だけでなく、ドライバーの負傷、後続車への影響、道路の一時閉鎖と、波及するコストが大きい。中国自動車道のような幹線道路での事故は、物流にも影響を及ぼしうる。

これは「クマの問題」ではなく「土地の管理の問題」

動物園に野生のクマが入った。高速道路でクマと車が衝突した。県北の出没件数が3割増えた。——これらを「クマが増えた」「クマが大胆になった」と読むこともできる。

だが、もう一歩引いて見れば、これは人が手を引いた土地がどうなるかという問いだ。

人口が減り、高齢化が進み、山沿いの集落から人が減っていく。その過程で、かつて人が管理していた空間が野生に還る。クマの出没増加は、その変化の「症状」であって「原因」ではない。

広島県の事例は、日本の多くの中山間地域が直面する構造と重なる。そして、この構造は一朝一夕には変わらない。人口減少は止まらず、里山管理の担い手は減り続ける。その中で、限られた人手と予算をどこに集中させるか——優先順位の設計そのものが問われている。

廿日市市の対策強化、安佐動物公園の閉鎖判断、県の出没情報システム。それぞれは個別の対応だが、根っこではひとつの問いにつながっている。

「人が手を引いた空間を、誰が、どんな仕組みで管理するのか」

この問いに答えを出せる地域が、結果として人も獣も少し楽にする——そういう話だと思っている。

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