258万人が訪れる場所と、移住希望地ランキング最低の県——広島の「関心」のねじれ

258万人が訪れる場所と、移住希望地ランキング最低の県——広島の「関心」のねじれ 2024年度、広島市の原爆資料館を訪れた人は約258万人。過去最多を更新した。外国人来館者は全体の36.6%を占め、こちらも過去最多だ。ある来館者は記帳にこ

By Rei

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258万人が訪れる場所と、移住希望地ランキング最低の県——広島の「関心」のねじれ

2024年度、広島市の原爆資料館を訪れた人は約258万人。過去最多を更新した。外国人来館者は全体の36.6%を占め、こちらも過去最多だ。ある来館者は記帳にこう書いた——「何が起こったか思い出し、正しい選択をしたい」。広島は、世界中の人が「行かなければならない」と感じる場所になっている。

ところが、ふるさと回帰支援センターが発表した2024年の移住希望地ランキングで、広島県は過去最低の順位に沈んだ。訪れたい場所としての広島と、暮らしたい場所としての広島——このねじれは、何を意味しているのか。


「関心」と「定住」のあいだにある溝

258万人という数字の内訳を見てみる。原爆資料館の来館者のうち、外国人は約94万人。コロナ前の2018年度(約166万人・外国人約52万人)と比較すると、総数で約1.5倍、外国人に限れば約1.8倍に増えている。広島への「関心」は、明らかに拡大している。

しかし、その関心は「訪問」で完結している。移住希望地ランキングの調査は、東京・大阪の相談窓口への来訪者やセミナー参加者を対象としたもので、「実際に移住を検討している層」の意向を反映する。広島県がここで順位を落としているということは、「広島に関心はあるが、住む選択肢には入らない」という層が相対的に多いことを示唆する。

この溝はなぜ生まれるのか。いくつかの構造的要因が見える。


要因①:「広島=平和都市」というブランドの強さと限界

広島の対外的なブランドは、圧倒的に「平和」に集約されている。原爆ドーム、原爆資料館、平和記念公園——世界遺産と記憶の装置が都市の中心に据えられ、国際的な認知度は極めて高い。G7広島サミットの開催も、このブランドをさらに強化した。

しかし、「平和都市」というブランドは、訪問の動機にはなっても、移住の動機にはなりにくい。移住を検討する人が求めるのは、仕事の選択肢、子育て環境、医療アクセス、住居コスト、コミュニティの開放性といった「暮らしの手触り」だ。広島がこれらの情報をどれだけ発信できているかというと、平和ブランドの陰に隠れがちだという指摘がある。

長野県や静岡県が移住ランキングの上位に安定しているのは、「自然が豊か」「東京にも近い」「食が良い」といった暮らしのイメージが具体的に伝わっているからだ。広島には、牡蠣もお好み焼きも瀬戸内の海もある。しかし、それらが「暮らしの魅力」として体系的に語られる機会は、まだ少ない。


要因②:若年層の流出が止まらない構造

広島県の人口は約274万人(2024年推計)。2000年の約288万人から一貫して減少している。特に深刻なのは、18〜24歳の転出超過だ。広島県には広島大学をはじめとする高等教育機関があるが、卒業後に県内にとどまる割合は限定的とされる。製造業の比率が高い産業構造は、IT・クリエイティブ系の職種を求める若者にとって選択肢が狭く映る。

この構造は、移住ランキングにも影響する。ランキングの回答者には20〜40代が多く含まれるが、広島に「若い世代が活躍している」「新しい仕事が生まれている」というイメージが薄ければ、候補地として浮上しにくい。


溝を埋めようとする、地味で具体的な動き

では、広島は何もしていないのか。そうではない。注目すべきは、派手さはないが「暮らしの受け皿」を一つずつ増やしている動きだ。

広島市は、外国人介護職員向けに「ひろしま方言ハンドブック」を作成した。「たいぎい(疲れた・面倒くさい)」「はぶてる(すねる)」「じゃけぇ(だから)」——介護の現場で利用者が発する方言を理解できなければ、ケアの質に直結する。このハンドブックは、外国人を「労働力」としてだけでなく「地域の言葉を共有する存在」として迎える設計になっている。小さな冊子だが、そこには「暮らしの中に入ってきてほしい」というメッセージがある。

広島市安佐北区では、旧安佐市民病院跡地に「可部南認定こども園」が開設された。病院の跡地が子どもの施設に変わる——この転換は象徴的だ。医療機能が移転した空白に、子育て機能を入れる。地域の人口構成の変化に合わせて、土地の役割を書き換えている。定員は数十名規模だが、こうした施設が一つあるかないかで、子育て世代の「ここに住める」という判断は変わる。

さらに、JR広島駅前に移転した新中央図書館は、子ども・青少年向けのフロアを充実させた。駅前という立地は、通学や通勤の動線上にあり、「ついでに立ち寄れる」設計になっている。図書館は無料で、誰でも入れる。その当たり前の機能が、駅前の一等地に置かれたことの意味は大きい。


「訪問」を「滞在」に、「滞在」を「定住」に変える回路

258万人が資料館を訪れる。その多くは日帰りか、一泊二日の滞在だ。訪問者が「この街に暮らしたい」と思うまでには、いくつもの段階がある。

第一段階は、平和以外の文脈で広島に触れる機会をつくること。たとえば、尾道の造船研修や江田島のクラフトビール醸造所のように、「ものをつくる人がいる街」というイメージが重なれば、広島の多面性が伝わる。

第二段階は、短期滞在の選択肢を増やすこと。ワーケーションや二拠点居住のトライアルプログラムは、移住の心理的ハードルを下げる。実際に数週間暮らしてみて初めて、通勤の便、スーパーの品揃え、近所の空気感がわかる。

第三段階は、方言ハンドブックやこども園のような「暮らしの細部」を可視化すること。移住を決めるのは、大きなビジョンではなく、小さな安心の積み重ねだ。


ねじれの先にあるもの

広島の「関心のねじれ」は、実は広島だけの問題ではない。京都も奈良も、観光地としての知名度と移住先としての魅力は必ずしも一致しない。「訪れたい場所」と「暮らしたい場所」を動かす力学が、そもそも違うのだ。

ただし、広島には一つの強みがある。258万人が訪れるという事実そのものが、巨大な「入口」になりうることだ。その入口から先に、暮らしの手触りを感じられる回路をどれだけ設計できるか。方言ハンドブックも、こども園も、駅前図書館も、その回路の一部だ。

まだ、回路はつながっていない。けれど、部品は少しずつ揃い始めている。

258万人の足が止まる場所と、誰かが「ここに住もう」と決める場所は、今はまだ別の地図にある。その二枚の地図を重ねる仕事は、派手ではないが、確実に誰かの手で進んでいる。


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