飛行艇ミュージアム断念、日本酒プロジェクト3年目、観光大使にミートスペシャリスト——岩国は「何で食べていく街」になるのか
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30億円超の「ハコ」が消え、代わりに残ったのは日本酒と肉と演歌だった——そう書くと冗談のように聞こえるかもしれない。だが、岩国市でいま起きていることを並べてみると、地方都市が「何を看板に掲げるか」を選び直す、静かで切実なプロセスが浮かび上がる。飛行艇ミュージアム構想の断念、田村淳さんが関わる日本酒地域創生プロジェクトの3年目突入、そしてミートスペシャリストとロンドン在住の演歌歌手の観光大使就任。三つの動きを重ねて読むと、この街が「ハコモノから人へ」と舵を切ろうとしている輪郭が見えてくる。
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飛行艇ミュージアム——「つくれなかった」ことが語るもの
岩国市が構想していた飛行艇ミュージアムは、新明和工業が製造する救難飛行艇US-2の展示を核に、航空産業の歴史と技術を伝える施設として計画されていた。防衛省や関係機関との協議を重ねてきたが、国からの支援が困難との結論に至り、市は建設断念を表明した。
当初の概算で約30億円とされた整備費は、資材高騰や展示設計の見直しによってさらに膨らむ見通しだった。加えて、年間の維持管理費、学芸員の確保、展示物のメンテナンスといったランニングコストの試算も重くのしかかった。市単独での整備は財政的に現実味がなく、集客効果の見通しも不透明——つまり、「つくった後に誰が支えるのか」という問いに、明確な答えを出せなかったということだ。
この断念を単なる「失敗」と片づけるのは少し違う。むしろ注目すべきは、計画が頓挫した後に何が残り、何が動き続けているか、という点にある。大型施設が立たなかった場所で、別の仕掛けがすでに芽を出している。その対比にこそ、いまの岩国の現在地が映っている。
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日本酒地域創生プロジェクト——「売上2億円」の裏にある仕組み
岩国市出身のタレント・田村淳さんが関わる日本酒地域創生プロジェクトが、3年目に入った。地元の酒蔵と連携し、岩国の日本酒を全国に届けるこの取り組みは、昨年度の売上が約2億円に達したと報じられている。
数字だけを見れば「有名人の知名度で売れた」と読めるかもしれない。だが、このプロジェクトの構造をもう少し丁寧に見ると、少し違う景色が見える。
岩国には錦川の伏流水に恵まれた酒蔵が複数あり、もともと酒造りの土壌がある。プロジェクトは、個々の蔵が単独では届かない販路——都市部の飲食店やオンライン販売、イベントでの試飲会——を共同で開拓する仕組みとして機能している。田村さんの役割は「顔」であると同時に、外部とのハブだ。蔵元が醸造に集中し、発信と流通を別のレイヤーで支える。個人の頑張りではなく、役割が噛み合うことで回る仕組みがここにはある。
田村さん自身は「日本酒を通じて岩国の魅力を伝えたい」と語っている。この言葉を額面通りに受け取れば観光PRだが、実態としてはもう少し踏み込んでいる。酒蔵の後継者問題、原料米の調達、醸造設備の老朽化——地方の酒蔵が抱える課題は構造的で、単年のキャンペーンでは解決しない。3年目に入ったという事実そのものが、このプロジェクトが一過性の話題づくりではなく、継続を前提とした設計になっていることを示している。
2億円という売上が、参加する蔵元の経営をどこまで支えているのか。利益配分の仕組みはどうなっているのか。そこまで踏み込んだ情報はまだ十分に出ていないが、少なくとも「地域の名前を冠した商品が、外の市場で値段をつけて売れている」という事実は、観光パンフレットの一行より重い。
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観光大使——「ミートスペシャリスト」と「ロンドンの演歌歌手」という配置
岩国市が新たに任命した観光大使は、二人。一人はミートスペシャリストの資格を持つ人物で、地元の食肉文化や特産品のPRを担う。もう一人はロンドン在住の演歌歌手で、海外からの観光客誘致と文化交流を役割とする。
この人選を見て、最初に思ったのは「角度が違う」ということだった。肉の専門家と海外拠点の歌手——一見すると接点がない。だが、二人の役割を重ねると、岩国市が「食」と「海外」という二つの軸で外に開こうとしていることが読み取れる。
岩国には岩国れんこん、岩国寿司といった知られた食文化がある一方で、「肉の街」というイメージは薄い。ミートスペシャリストの起用は、既存の食ブランドを強化するというより、新しい切り口を加える試みだろう。地元の畜産業者や飲食店との連携がどこまで具体化するかが、この人選の意味を決めることになる。
演歌歌手の起用は、インバウンド需要を見据えた布石と読める。岩国には米軍基地があり、英語圏との接点は日常的に存在する。錦帯橋を訪れる外国人観光客も増加傾向にある中で、「日本文化の発信者」がロンドンにいるという配置は、遠くから岩国を語れる人を置くという設計だ。
観光大使という制度自体は全国どこにでもある。だが、「誰を選ぶか」にはその自治体の意思が映る。今回の二人の配置には、「岩国の何を、誰に届けるか」という問いへの、現時点での回答が見える。
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ハコモノから人へ——だが、人に頼りすぎない仕組みが要る
飛行艇ミュージアムの断念と、日本酒プロジェクトや観光大使の動きを並べると、「ハコモノから人へ」という転換が見えてくる。建物に数十億円を投じる代わりに、人を起点にした小さな仕掛けを複数走らせる。コストは桁違いに小さく、方向修正もしやすい。
ただし、ここには一つの危うさがある。人を軸にしたプロジェクトは、その人がいなくなれば止まる。田村さんが手を引いたら日本酒プロジェクトはどうなるのか。観光大使の任期が終わったら、その先に何が残るのか。
「ハコモノ依存」の反省から「人依存」に振れるだけでは、構造は変わらない。問われているのは、人の熱量を仕組みに変換できるかどうかだ。日本酒プロジェクトで言えば、田村さん個人の発信力に頼る段階から、蔵元同士のネットワークや販路そのものが自走する段階に移行できるか。観光大使で言えば、個人の活動が一過性のPRで終わるのか、地元の飲食業や観光業の現場に具体的な回路を残すのか。
この「人から仕組みへ」の変換こそが、地方都市の観光施策における本当の分岐点になる。
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岩国は「何で食べていく街」になるのか
錦帯橋、米軍基地、航空産業、日本酒、れんこん——岩国には複数の「顔」がある。だが、「この街といえばこれ」という一枚看板は、実はまだ定まっていない。飛行艇ミュージアムは、その一枚看板になり得る構想だったが、実現しなかった。
代わりに動いているのは、日本酒、食、海外発信という複数の小さな柱だ。一本の太い柱ではなく、細い柱を何本も立てて屋根を支える構造——それは脆いようでいて、一本が折れても全体は倒れないという強さを持つ。
「何で食べていく街になるのか」という問いに、岩国はまだ明確な答えを出していない。だが、答えを一つに絞らないこと自体が、いまの岩国の戦略なのかもしれない。大きなハコを一つ建てるのではなく、人と土地の接点を複数つくり、そのどれかが根づくのを待つ。
地味な戦略だ。華やかな起工式もテープカットもない。だが、2億円の日本酒を売り、肉の専門家を置き、ロンドンから演歌を届けるという営みの中に、この街が次の看板を探している手触りがある。
30億円のミュージアムは建たなかった。けれど、その空白を埋めようとする人たちの手は、もう動いている。
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JA
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