被団協70年、理事長交代——「つなぐ」という仕事の設計図

被団協70年、理事長交代——「つなぐ」という仕事の設計図 広島県被団協の理事長が代わった。箕牧智之氏が体力面を理由に退任し、原田浩氏が後を継いだ——被爆から80年を迎えようとするこの時期に、である。 この交代を「世代交代」と呼ぶのは少し

By Rei

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被団協70年、理事長交代——「つなぐ」という仕事の設計図

広島県被団協の理事長が代わった。箕牧智之氏が体力面を理由に退任し、原田浩氏が後を継いだ——被爆から80年を迎えようとするこの時期に、である。

この交代を「世代交代」と呼ぶのは少し違う。原田氏自身が被爆者であり、原爆投下時に広島市内で被爆した当事者だ。世代が替わったのではなく、「当事者の中で、役割が移った」というのが正確だろう。問いたいのは、美談としての継承ではない。——記憶を届け続けるために、どんな仕組みが裏側で動いているのか。誰がその段取りを支えているのか。そこにこそ、「つなぐ」という仕事の設計図がある。

証言を「個人の善意」から「制度」へ

広島県被団協は1956年の結成以来、被爆者の声を社会に届ける役割を担ってきた。だが、その活動の中身は時代とともに変質している。かつては被爆者自身が街頭に立ち、署名を集め、国会に陳情した。身体を張る運動だった。いま求められているのは、証言を「個人の記憶」から切り離し、再現可能な形で残す仕組みづくりだ。

原田新理事長は、広島平和記念資料館(原爆資料館)の館長を務めた経歴を持つ。資料館という「箱」の運営を知る人物が被団協のトップに就いたことは、偶然ではないだろう。証言を語る人と、証言を届ける場所——その両方を知る人間が、いま結節点に立っている。

箕牧前理事長は退任にあたり、「被爆者がいなくなっても証言が残る形をつくらなければならない」という趣旨の言葉を残している。これは決意表明ではなく、設計思想の表明だ。個人の使命感に頼る継承は、その人がいなくなれば途切れる。仕組みとして回るものだけが、時間に耐える。

予約制が変えたもの——「管理」の中にある配慮

原爆資料館は近年、来館者の急増という課題に直面してきた。2023年度の来館者数は約198万人に達し、過去最多を更新した。海外からの訪問者も増え、G7広島サミット以降、その傾向は加速している。

こうした状況の中で、資料館は2024年のお盆期間に終日予約制を導入した。混雑時には入館まで2時間以上待つ状態が常態化しており、炎天下に並ぶ来館者——とりわけ高齢者や子ども連れ——の安全が懸念されていた。予約制の導入は、単なる混雑緩和策ではない。「どんな状態で展示と向き合うか」という体験の質を守るための判断だった。

予約制によって一日あたりの入館者数には上限が設けられる。数字だけを見れば「制限」だが、裏を返せば、一人ひとりが証言映像の前で立ち止まれる時間が確保されるということでもある。来館者数を追うのか、来館者の体験を守るのか——この選択の中に、記憶の継承に対する設計思想が見える。

注目すべきは、この予約制の運用を支えているのが、資料館の職員だけではないという点だ。予約システムの案内、当日の動線管理、多言語対応——これらを担うボランティアスタッフの存在がなければ、制度は回らない。広島市によれば、資料館に関わるボランティアは約300人。その多くが定年退職後の市民であり、中には被爆二世も含まれている。制度の裏側に、人の手がある。

「主催者が卒業生」という構造

記憶の継承を語るとき、しばしば「若い世代に伝える」という言い方がされる。だが、広島で起きていることの一部は、少し違う位相にある。

広島国泰寺高校の卒業生や在校生が中心となって開催している「被爆者と平和を語り合うイベント」がある。ここで注目したいのは、学生たちが「聞く側」であると同時に「場をつくる側」に回っているという事実だ。会場の手配、被爆者への連絡、当日の進行——これらを学生と卒業生が担う。被爆者は語り手として招かれ、運営の負担からは切り離される。

この構造は、よく見ると被団協が長年やってきたことの縮小版になっている。証言する人と、証言を届ける仕組みを整える人。役割を分けることで、語り手の負担を減らし、同時に「仕組みを回す経験」を次の世代に渡す。入れ子のように、組織の設計思想が小さな現場に再現されている。

卒業生がイベントに関わり続けるのは、「感動したから」だけではないだろう。自分が場を回した経験があるからこそ、次の年も手伝える。感情ではなく、経験の蓄積が継続を支えている。ここにも仕組みがある。

行政との接続——制度が証言を守る

被団協の仕事は、証言の継承だけにとどまらない。被爆者に対する医療支援、生活支援の制度を維持・拡充するための政策提言も、組織の中核的な機能だ。

2024年現在、被爆者健康手帳の所持者は全国で約10万6,000人。平均年齢は85歳を超えた。高齢化が進む中で、介護サービスとの連携、被爆二世・三世への健康調査の拡充など、制度面での課題は増えている。被団協はこれらの課題を行政に届ける「翻訳者」の役割を果たしてきた。現場の声を、制度の言葉に変換する仕事だ。

証言と制度は、一見すると別の領域に見える。だが、被爆者が安心して語れる生活基盤があってこそ、証言は生まれる。医療費の心配をしながら証言活動を続けることは、本来あってはならない。制度が証言を守り、証言が制度の必要性を社会に伝える——この循環が、被団協という組織の中で設計されてきた。

今後の注目点——設計図の「次の一手」

原田新理事長のもとで、いくつかの論点が浮かび上がる。

第一に、被爆者の高齢化がさらに進む中で、証言活動の物理的な限界をどう補うか。すでに広島市は「被爆体験伝承者」の育成事業を進めており、被爆者本人に代わって証言を行う担い手が200人以上活動している。この制度と被団協の活動がどう接続されるかは、今後の鍵になる。

第二に、2025年は被爆80年の節目にあたる。国内外からの注目が高まるこの年に、資料館の運営体制、被団協の発信力、そして次世代の担い手育成がどこまで整っているか。節目は「振り返り」の機会であると同時に、仕組みの耐久性が試される瞬間でもある。

第三に、ノーベル平和賞受賞後の被団協に対する国際的な関心をどう活かすか。注目が集まること自体は一過性だが、その間に制度や連携の基盤を固められれば、注目が去った後も仕組みは残る。

「つなぐ」仕事は、段取りの中にある

記憶の継承という言葉は、しばしば感情の領域で語られる。「忘れてはならない」「伝えなければならない」——その切実さは本物だ。だが、切実さだけでは仕組みにならない。

箕牧前理事長から原田新理事長へ。資料館の予約制を支えるボランティアたち。イベントを回す卒業生たち。行政に声を届ける政策提言。——それぞれの現場で、誰かが段取りを組み、役割を分け、次の人に渡せる形を整えている。

「つなぐ」という仕事の本体は、語り継ぐ言葉そのものではなく、語り継げる状態を維持する構造の側にある。地味で、目立たず、けれど確実に回り続ける仕組み。——その設計図を読むことが、いま私たちにできる、少し誠実な関わり方なのだと思う。

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