地下駐車場の浸水訓練、災害アプリ即時共有、熊野の防災学習——「次の豪雨」に備える仕組みは、7年前と何が変わったか

2018年7月、広島は「想定外」に呑まれた 死者・行方不明者271人、全壊家屋6,758棟——2018年7月の西日本豪雨がもたらした数字は、いまも重い。広島県だけで死者114人。土砂が住宅地を押し流し、川が氾濫し、地下空間に水が流れ込んだ

By Rei

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2018年7月、広島は「想定外」に呑まれた

死者・行方不明者271人、全壊家屋6,758棟——2018年7月の西日本豪雨がもたらした数字は、いまも重い。広島県だけで死者114人。土砂が住宅地を押し流し、川が氾濫し、地下空間に水が流れ込んだ。あの日、多くの人が「まさかここまで」と口にした。

あれから7年。広島では、地下駐車場での合同浸水訓練、災害情報をリアルタイムで届けるアプリの整備、そして小学校での防災学習と、異なる角度から「次の豪雨」に備える仕組みが動き出している。個別に見れば地味な取り組みに映るかもしれない。だが三つを並べてみると、ある共通の問いが浮かぶ——「あのとき、誰が取り残されたのか」。その問いに、それぞれの現場が仕組みで応えようとしている。

地下駐車場の合同浸水訓練——「逃げられない場所」を可視化する

2023年10月、広島市中区の紙屋町地下駐車場で、初めての合同防災訓練が実施された。主催は広島市。国土交通省中国地方整備局、JAF広島支部、地下街の管理者など約10の関係機関が参加した。

きっかけは、2023年6月に三重県津市で起きた地下駐車場の冠水被害だった。集中豪雨により地下に水が流れ込み、274台の車両が水没。被害総額は数億円規模と報じられた。紙屋町地下駐車場は約500台を収容する広島市中心部の大規模施設であり、「同じことが起きたら」という想定は決して非現実的ではない。

訓練では、浸水が始まった場合の避難誘導手順、止水板の設置、車両が水没した際の脱出方法などが確認された。JAFの担当者は、水深30センチメートルを超えるとドアが開かなくなること、窓ガラスを割るための専用ハンマーの位置を日頃から把握しておく必要があることを実演しながら説明した。

注目すべきは、この訓練が単独の施設管理者ではなく、複数機関の「合同」で行われた点だ。地下駐車場の浸水は、地上の排水能力、地下街との接続構造、利用者への情報伝達、救助体制——複数の管轄にまたがる問題である。一つの組織だけでは対処できない。関係機関が同じ場所に立ち、同じ水位を想像しながら手順を確認する。その「噛み合わせ」の場を設けたこと自体が、7年前にはなかった仕組みの一つだ。

もちろん、訓練と実際の災害には距離がある。紙屋町地下駐車場の利用者は1日あたり約1,000台。その大半は訓練に参加していない一般のドライバーだ。訓練で得た知見を、日常的に駐車場を使う人々にどう届けるか——掲示物の配置、入庫時のアナウンス、QRコードによる動画案内など、情報を「置いておく」設計が次の課題になる。

災害情報アプリの即時共有——「届かなかった情報」を仕組みで届ける

広島県は2019年度以降、防災情報のデジタル化を段階的に進めてきた。県の防災Webポータルに加え、2022年には「広島県防災」アプリの機能を強化。土砂災害警戒情報、河川水位、避難指示の発令状況をプッシュ通知で届ける仕組みを整えた。

この取り組みの背景にあるのは、2018年の苦い教訓だ。西日本豪雨の際、広島県内では避難勧告・避難指示が深夜帯に相次いで発令された。しかし、テレビやラジオをつけていなかった住民、防災無線が聞こえなかった住民には、情報がリアルタイムで届かなかった。内閣府の調査では、西日本豪雨時に避難行動をとった住民は対象地域全体の約4.6%にとどまったとされる。情報はあった。だが届いていなかった。

アプリは、その「届かなかった」を埋めるための仕組みだ。位置情報と連動し、利用者がいる場所に応じた警戒情報を自動で通知する。ハザードマップの重ね合わせ表示により、「自分の今いる場所がどの程度危険か」を直感的に把握できる設計になっている。

ただし、ここには構造的な課題がある。総務省の2024年通信利用動向調査によれば、70歳以上のスマートフォン保有率は約65%。保有していても、アプリのインストールや通知設定を自力で行える人はさらに限られる。つまり、最も避難に時間がかかる層に、最も届きにくいツールになりかねない。

広島県内の一部自治体では、この課題に対して「デジタルとアナログの二重化」で対応し始めている。民生委員や自主防災組織がアプリの情報を電話や戸別訪問で伝達する——いわば「人がアプリの出力装置になる」仕組みだ。安芸郡府中町では、自主防災組織の連絡網にアプリの警戒レベルを組み込み、レベル3の段階で高齢者世帯への声かけを開始する運用を試行している。

アプリそのものは道具にすぎない。それを「誰が、誰に、どの段階で届けるか」という運用の設計まで含めて、初めて仕組みと呼べる。技術と人の接続点をどう設計するか——ここに、7年間の試行錯誤が凝縮されている。

熊野町の防災学習——「記憶を持たない世代」に何を渡すか

広島県安芸郡熊野町。2018年の西日本豪雨で、この町では土砂災害により12人が亡くなった。人口約2万3,000人の小さな町にとって、その数字の重さは計り知れない。

熊野町立第四小学校では、西日本豪雨を教訓にした防災学習が毎年行われている。2024年度の授業では、5年生が地域のハザードマップを使い、自宅から学校までの通学路にどのような危険箇所があるかを調べるフィールドワークを実施した。児童たちは、崖の近くの側溝が詰まっている場所、過去に冠水した交差点などを自分の目で確認し、地図上にマッピングした。

印象的だったのは、ある児童の言葉だ。「おばあちゃんの家の裏の山が崩れたって聞いたけど、今はきれいになっていて、どこが崩れたか分からなかった」。復旧が進んだ風景の中では、災害の痕跡は見えにくくなる。2018年当時、現在の小学5年生はまだ3歳か4歳。記憶を持たない世代に、どうやって「あのとき何が起きたか」を渡すか。これは教育の問題であると同時に、地域の記憶をどう継承するかという仕組みの問題でもある。

熊野町では、学校の防災学習に加え、地域住民と保護者が参加する防災講座を年に2〜3回開催している。2024年度は、避難所運営ゲーム(HUG)を用いたワークショップや、被災経験のある住民による語り部活動が行われた。学校と地域が同じテーマで学ぶ場を持つことで、「子どもが家庭に持ち帰る」動線が生まれる。防災学習が教室の中で閉じず、家庭の会話に接続される——その設計に、熊野町の7年間の蓄積がある。

三つの取り組みに通底するもの

地下駐車場の訓練は「逃げられない場所」を可視化した。災害アプリは「届かなかった情報」を届けようとしている。熊野の防災学習は「記憶を持たない世代」に経験を渡そうとしている。

角度はそれぞれ違う。だが三つに共通しているのは、「2018年に取り残された人」を起点にしている、ということだ。地下にいて逃げ遅れた人、情報が届かなかった人、まだ幼くて何が起きたか分からなかった人——それぞれの「取り残され方」に対して、個人の努力ではなく仕組みで応答しようとしている。

7年前と何が変わったか。端的に言えば、「備え」の主語が変わった。かつては「自分の身は自分で守る」という自助が繰り返し強調された。それは今も正しい。だが、自助だけでは守れなかった命があったという事実を受けて、「誰かが取り残されないための仕組み」——共助と公助の接続点を設計する動きが、確実に広がっている。

もちろん、課題は残る。訓練に参加しない大多数の利用者にどう届けるか。アプリを使えない人への二重化をどこまで維持できるか。防災学習を担う教員の負担をどう分散するか。仕組みは、つくった瞬間から劣化が始まる。維持し、更新し続けること自体が、次の課題になる。

それでも——7年前、広島が経験した「想定外」は、いま少しずつ「想定内」に書き換えられようとしている。地下駐車場に止水板が置かれ、スマートフォンに警戒情報が届き、小学生がハザードマップを手に通学路を歩く。その一つひとつは小さい。だが、仕組みとは本来そういうものだ。派手さはない。けれど、次の豪雨の夜に、誰かの判断を数分早くする。その数分が、命の分岐点になる。

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