ひろぎんが大崎上島と協定、広島アンデルセンがブルーベリーを買い支える——「縁の続き」で回る島の経済のかたち

橋のない島に、仕組みが架かる 大崎上島には橋がない。広島県竹原市の港からフェリーで約30分——瀬戸内海に浮かぶ人口約7,000人のこの島へ渡るには、今も船に乗るしかない。橋がないということは、物流のコストが常に上乗せされるということだ。農

By Rei

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橋のない島に、仕組みが架かる

大崎上島には橋がない。広島県竹原市の港からフェリーで約30分——瀬戸内海に浮かぶ人口約7,000人のこの島へ渡るには、今も船に乗るしかない。橋がないということは、物流のコストが常に上乗せされるということだ。農作物を育てても、本土の市場に届けるまでに時間と運賃がかかる。島の農家にとって「良いものをつくる」だけでは足りない。「届ける仕組み」がなければ、畑の実りは畑の中で終わる。

2024年、ひろぎんホールディングス(ひろぎんHD)が大崎上島町と地方創生に関する包括連携協定を締結した。企業誘致、子育て支援、観光振興など多岐にわたる連携項目が並ぶが、注目すべきはその協定の「手前」にあった動きだ。ひろぎんHDグループの広島銀行は、以前から島内の事業者との取引を通じて地域の経済構造に触れてきた。協定は突然降ってきたものではなく、日々の取引という地味な接点が積み重なった先に結ばれたものだった。

大崎上島町の谷川正芳町長はこう語っている。「この島には多くの宝物がある。それを世に問うて、良いものにしていきたい」。宝物、という言葉を町長が使うとき、それは観光パンフレットの美辞麗句ではない。島に暮らす人たちが、毎朝手を動かしてつくっているものを指している。

半世紀の畑が、売り先を失いかけた

島の高台に広がるブルーベリー畑がある。夫婦二人で50年近く手入れを続けてきた農園だ。大崎上島は温暖な瀬戸内の気候に恵まれ、日照時間が長い。ブルーベリーは酸味と甘みのバランスが良く、粒も大きい。品質には自信があった。

しかし、近年の状況は厳しさを増していた。輸入冷凍ブルーベリーの価格は国産の半値以下。量販店のバイヤーは価格を基準に棚を組む。島から本土へ出荷するフェリー代と輸送コストを上乗せすれば、価格競争では勝ち目がない。加えて、夫婦の高齢化も進む。収穫期の夏場、炎天下での手摘み作業は体力の限界と隣り合わせだ。「このまま続けられるのか」——その問いが、毎年の収穫を終えるたびに重くなっていた。

広島アンデルセンが「買う」と決めたこと

そこに手を差し伸べたのが、広島アンデルセンだった。広島市中区に本店を構えるベーカリーレストランで、タカキベーカリーグループの一員として広島の食文化を支えてきた企業だ。地元食材を活かした商品開発を経営方針の柱に据えており、県内各地の農家との取引実績がある。

広島アンデルセンが大崎上島のブルーベリーに目を向けた背景には、ひろぎんHDグループを通じた情報のつながりがあったとされる。銀行が地域の事業者を知り、その情報が食品企業の仕入れ担当につながる。派手なマッチングイベントではなく、日常の取引関係の中で「こういう農家がいる」という話が流れていく——その地味な回路が、ここでは機能した。

広島アンデルセンは、大崎上島産ブルーベリーをパンやスイーツの食材として採用することを決めた。重要なのは、単発の「応援購入」ではなく、商品ラインナップに組み込む形で継続的に買い取る仕組みをつくったことだ。農家にとって最も必要なのは、一度の善意ではなく「来年も買う」という約束である。売り先が安定すれば、栽培計画が立てられる。設備の更新にも踏み切れる。仕組みとして買い支えることが、農家の時間軸を変える。

夫婦の農園では、広島アンデルセンとの取引開始後、収穫量の計画的な管理が可能になったという。「届ける先がある」という事実が、畑に向かう朝の足取りを少し軽くしている。

ミョウガの遮光栽培——島のもうひとつの「仕組み」

大崎上島の農業はブルーベリーだけではない。夏場に出荷最盛期を迎えるミョウガもまた、島の重要な産品だ。特筆すべきは、島の農家が独自に確立した遮光栽培の技術である。黒い遮光シートで畑を覆い、光の量を調整することで、色鮮やかでえぐみの少ないミョウガを育てる。手間はかかるが、品質の差は歴然で、市場での評価も高い。

ここに見えるのは、島の農家が「価格で勝てないなら、品質と技術で差をつける」という判断を、すでに自力で下していたという事実だ。ブルーベリー農家も、ミョウガ農家も、それぞれの畑で同じ問いに向き合っていた。橋のない島で農業を続けるために、何で差別化するか。その答えが、片方では品種と土づくりに、もう片方では遮光栽培という技術に表れている。

角度は違うのに、結論は同じだ。「この島でしかつくれないもの」を磨くこと。その営みが、外から来た企業の目に留まり、仕組みとして接続されたとき、島の経済は閉じた循環から開いた循環へと変わり始める。

協定の「中身」を読む——誰を楽にする仕組みか

ひろぎんHDと大崎上島町の包括連携協定に話を戻す。協定書に並ぶ連携項目は幅広い。企業誘致、移住促進、子育て支援、観光振興、デジタル化推進。どれも地方創生の定番メニューだ。しかし、協定の価値は項目の数ではなく、それが「誰を楽にするか」で測られるべきだろう。

島の農家が求めているのは、補助金でも表彰でもない。安定した売り先と、物流の負担を軽くする仕組みだ。ひろぎんHDが金融機関として持つネットワーク——取引先企業のデータベース、事業者同士をつなぐ信用情報——は、島の生産者と本土の買い手をつなぐインフラになりうる。銀行が融資だけでなく「つなぐ機能」を果たすとき、協定は紙の上の約束から、実際に人の手を楽にする仕組みへと変わる。

広島アンデルセンがブルーベリーを買い支える構造も、ひろぎんHDが地域情報を流通させる構造も、個人の善意や熱意だけでは持続しない。担当者が異動しても、経営者が代替わりしても回り続ける「仕組み」になっているかどうか。そこが問われる。

「縁の続き」という構造

取材を通じて見えてきたのは、大崎上島の経済循環が、ひとつの大きな計画から生まれたものではないということだ。銀行と島の事業者の日常的な取引があり、その取引の中で農家の苦境が見え、その情報が食品企業に伝わり、買い取りの仕組みが生まれた。ひとつの縁が次の縁を呼び、それが連鎖して経済の回路になっている。

谷川町長が言う「宝物」は、ブルーベリーやミョウガそのものだけを指しているのではないだろう。半世紀畑を守り続けた夫婦の手、遮光栽培を編み出した農家の知恵、そしてそれらを「見つけて、つなげて、買い続ける」関係性の連なり——その全体が、島の宝物なのだと思う。

橋のない島に、縁の続きが仕組みとして架かる。派手な数字はまだない。しかし、来年も届くブルーベリーがあり、来年も焼かれるパンがあり、来年もフェリーに載る出荷箱がある。その「来年も」の連なりこそが、地域経済の最も確かな土台だ。

大崎上島の朝、畑に向かう足音は少し軽い。それは希望という大きな言葉ではなく、「届ける先がある」という小さな事実の重みだ。

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