PFAS指針値3倍、のり面崩落で5軒避難——広島の「地面の下」が静かに問いかけていること

同じ週、同じ街で——地表の下が二つ、破れた 広島市の安佐南区と東区。直線距離にして10キロほど離れた二つの地区で、同じ週に「地面の下」の異変が表面化した。 安佐南区では、産業廃棄物処理場に近い河川から有機フッ素化合物(PFAS)が国の暫

By Rei

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同じ週、同じ街で——地表の下が二つ、破れた

広島市の安佐南区と東区。直線距離にして10キロほど離れた二つの地区で、同じ週に「地面の下」の異変が表面化した。

安佐南区では、産業廃棄物処理場に近い河川から有機フッ素化合物(PFAS)が国の暫定指針値(50ng/L)の約3倍にあたる濃度で検出された。住民団体は広島市に対し、排出源の特定と継続的な水質調査を要望している。

東区牛田旭では23日午後、石積みののり面が幅およそ15メートルにわたって崩落。埋設されていたガス管と水道管が損傷し、周辺の少なくとも35件で断水が発生した。崩落地点に近い5軒の住民は避難を余儀なくされている。

二つの出来事に直接の因果関係はない。けれど、並べてみると浮かび上がるものがある——どちらも「見えない場所」で進行していた劣化が、ある日突然、生活の表面を突き破ったという構造だ。

PFASが突きつけるのは「誰が測り続けるか」という問い

PFAS(Per- and Polyfluoroalkyl Substances)は、水や油をはじく性質から、泡消火剤やフライパンのコーティング、半導体製造など幅広い用途で使われてきた化学物質群だ。炭素とフッ素の結合が極めて強固なため、環境中でほとんど分解されない。「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」と呼ばれるゆえんである。

国際的には、長期曝露による肝機能障害、甲状腺疾患、免疫系への影響、一部のがんリスクとの関連が指摘されている。米国環境保護庁(EPA)は2024年、飲料水中のPFOS・PFOAの基準値を4ng/Lに厳格化した。日本の暫定指針値50ng/Lと比較すると、その差は10倍以上になる。

今回、安佐南区の河川で検出された濃度は約150ng/L。日本の指針値の3倍であり、米国基準に照らせば30倍を超える水準だ。住民団体が不安を覚えるのは、数字を見れば当然のことだろう。

ただし、ここで整理しておきたいのは、河川水の濃度と飲料水の濃度は同じではないということだ。水道水は浄水処理を経て供給される。河川のPFAS濃度が高いことが直ちに「飲み水が危険」を意味するわけではない。だからこそ重要なのは、上流から下流まで、そして浄水場の入口と出口で、継続的にモニタリングを行い、データを住民に開示する仕組みがあるかどうか——という点になる。

住民団体が求めているのも、煎じ詰めれば「排出源の特定」と「測り続ける体制の構築」の二つだ。一度の測定で安全とも危険とも言い切れない物質だからこそ、仕組みとして監視し続ける枠組みが要る。個人の努力で水質を調べ続けることには限界がある。これは誰を楽にするかと問えば、答えは明確で、今そこに暮らしている住民であり、これから生まれてくる子どもたちだ。

広島市がこの要望にどう応じるか。具体的な調査計画と情報公開のスケジュールが示されるかどうかが、最初の分岐点になる。

のり面崩落——「古い石積み」が語ること

牛田旭ののり面崩落は、もう少し即物的な危機だった。

石積みののり面は、高度経済成長期の宅地造成で多く用いられた工法だ。コンクリート擁壁に比べてコストが低く、施工も早い。しかし、経年劣化に加え、背面の排水機能が失われると、雨水が土圧を高め、崩壊に至る。国土交通省の調査では、全国に約5万カ所の「要注意」擁壁が存在するとされるが、実態の把握は自治体ごとにばらつきがある。

今回の崩落で損傷したガス管と水道管は、のり面の直下あるいは内部に埋設されていたとみられる。ライフラインが擁壁と一体化している——これは、造成時にインフラを同時に敷設した時代の設計思想の反映でもある。効率的ではあったが、擁壁が壊れればライフラインも道連れになるというリスクを内包していた。

断水35件、避難5軒。数字だけを見れば「局所的な事故」に見える。しかし、避難した住民にとっては、昨日まで当たり前だった水とガスが突然止まり、自宅にいられなくなるという経験だ。復旧には、のり面の再構築、ガス管・水道管の敷設し直し、安全確認まで含めると、数週間から数カ月を要する可能性がある。費用も、擁壁の再構築だけで数千万円規模になることは珍しくない。その負担を誰が担うのか——所有者か、自治体か、あるいは制度の隙間に落ちるのか——という問題も、静かに横たわっている。

広島は2014年の豪雨災害で、安佐南区・安佐北区を中心に大規模な土砂災害を経験した。あの災害以降、土砂災害警戒区域の指定やハザードマップの整備は進んだ。しかし、宅地造成地の擁壁やその内部に埋まるライフラインの老朽化については、まだ十分に光が当たっていない領域が残っている。

二つの事象が共有する構造——「見えないものの劣化」と「測る仕組みの不在」

PFASの河川汚染と、のり面崩落によるライフライン損傷。性質はまったく異なる。しかし、構造を抽出すると、驚くほど似たものが見えてくる。

どちらも、地表の下で長い時間をかけて進行していた。どちらも、日常生活の中では「見えない」場所で起きていた。そして、どちらも、定期的に測定し、点検し、記録し続ける仕組みが十分に機能していれば、表面化する前に対処できた可能性がある。

PFASであれば、排出源の特定と定点モニタリング。擁壁であれば、老朽度の定期点検と台帳管理。いずれも、技術的に不可能なことではない。足りないのは、それを継続的に回す人員と予算と、優先順位を上げる判断だ。

自治体の現場は慢性的な人手不足の中にある。環境部門も土木部門も、限られたリソースで広範な業務を担っている。だからこそ、個人の頑張りではなく、仕組みとして回る体制が必要になる。測定データを自動で集約し、異常値を検知し、住民に公開するプラットフォーム。擁壁の経年情報とライフラインの埋設位置を重ね合わせたデジタル台帳。技術的な要素はすでに存在している。問題は、それを実装する意思決定がなされるかどうかだ。

注視すべき三つのこと

今後、この二つの事象について追うべきポイントを整理しておく。

第一に、PFAS問題における広島市の対応スケジュール。 住民団体の要望に対し、排出源調査の実施時期と方法、モニタリングの頻度と公開方法が具体的に示されるかどうか。「検討する」で止まるのか、「いつまでに、何を測るか」まで踏み込むのかで、行政の本気度が分かる。

第二に、牛田旭の復旧プロセスと費用負担の枠組み。 崩落したのり面の所有区分、復旧費用の分担、避難住民への支援がどのように設計されるか。ここに制度の隙間があるなら、それは牛田旭だけの問題ではなく、同様の造成地を抱える全国の住宅地に共通する課題になる。

第三に、広島市全域の老朽インフラの可視化が進むかどうか。 2014年の災害を経て、広島は防災の面では多くの教訓を蓄積してきた。その知見を、地下インフラの老朽化対策にも接続できるか。点の対応を面の仕組みに変えられるかが、次の10年の安全を左右する。

地面の下は、見えない。見えないものは、壊れていても気づかれない。気づかれなければ、予算もつかない。予算がつかなければ、次に壊れるまで放置される——この連鎖を断つのは、測り続けること、記録し続けること、そしてその数字を誰かが読み続けることだ。

広島の地面の下で起きた二つの出来事は、派手な災害ではない。しかし、静かに問いかけている。あなたの足元を、誰が見ていますか、と。

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