猛暑で観音ネギ全滅、ワカサギ1万匹死亡、カキ収穫半減——広島の「水と熱」が壊しているもの

畑も、ダムも、海も——同じ原因が三つの現場を貫いている 広島の夏が、三つの現場を同時に壊した。 広島市西区の畑では、伝統野菜「観音ネギ」が全滅した。三次市の灰塚ダムでは、ワカサギが1万匹以上浮いた。そして瀬戸内海沿岸では、広島県産カキの

By Rei

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畑も、ダムも、海も——同じ原因が三つの現場を貫いている

広島の夏が、三つの現場を同時に壊した。

広島市西区の畑では、伝統野菜「観音ネギ」が全滅した。三次市の灰塚ダムでは、ワカサギが1万匹以上浮いた。そして瀬戸内海沿岸では、広島県産カキの収穫量が前年同期比で半減し、全国1位の座を明け渡した。

畑、淡水域、海——場所はばらばらで、作物も生き物も違う。けれど三つの現場を並べると、同じ物理条件が浮かび上がる。猛暑、渇水、水温の上昇。瀬戸内の水循環を構成する「熱」と「水」のバランスが崩れたとき、地域の一次産業は個別にではなく、構造ごと揺さぶられる——そのことを、この夏の広島は示している。

観音ネギの全滅——土の中の水が消えた

観音ネギは、広島市西区観音地区で江戸時代から栽培されてきた伝統野菜だ。葉が柔らかく、甘みが強い。太田川の河口に近い沖積地の土壌と水分が、この品種の風味を支えてきた。

2023年夏、広島市では7月の降水量が平年比の3割を下回り、最高気温が35℃を超える猛暑日が連続した。観音ネギの栽培に必要な土壌水分は急速に失われた。灌漑設備が十分でない小規模農家にとって、この条件は致命的だった。報告によれば、一部の畑では株がすべて枯死し、「全滅」と表現される状態に陥った。

ある生産者は「水さえあれば持ちこたえた。もう少し早く雨が降っていれば」と語ったという。この言葉には、技術や努力ではどうにもならない段階に入ったことへの静かな認識がにじむ。年間の売上が数百万円規模の農家にとって、一作の全滅は経営の根幹を揺るがす。そして観音ネギは、種を採って翌年につなぐ品種だ。全滅は、今年の収穫だけでなく、来年以降の栽培基盤そのものを脅かす。

問題の本質は、猛暑という「天災」だけにあるのではない。観音ネギの栽培を支えてきたのは、太田川水系の伏流水と、河口部の湿潤な気候条件だ。都市化による地下水位の低下、流域の保水力の変化——そうした長期的な構造変化の上に、今年の猛暑が重なった。仕組みが静かに弱っていたところに、極端な負荷がかかった。そう読むべきだろう。

ワカサギ1万匹の死——ダムの水温が30℃を超えた

三次市の灰塚ダムは、江の川水系の馬洗川に建設された多目的ダムで、治水・利水のほか、ワカサギ釣りの名所としても地域に親しまれてきた。2023年夏、このダムの水温が30℃に達し、ワカサギが1万匹以上大量死した。

ワカサギの適水温は一般に10〜20℃とされる。30℃という水温は、生存限界を大きく超えている。加えて、水温が上がれば水中の溶存酸素量は低下する。魚にとっては「熱い」と「息ができない」が同時に襲う状態だ。

ダムの貯水率は6割を切り、取水制限が懸念される水準にまで低下していた。水量が減れば水深が浅くなり、太陽光による加温がさらに進む。水が減ることと水温が上がることは、独立した問題ではなく互いを加速させる——この悪循環が、ダムという閉じた水域で先鋭化した。

灰塚ダムのワカサギ釣りは、秋から冬にかけて地域に釣り客を呼び込む観光資源でもある。大量死によって資源量が激減すれば、秋以降の集客にも直接響く。ダムの管理者、漁協、観光関係者——それぞれの立場で、水温という一つの変数が波紋を広げている。

ここで注目すべきは、灰塚ダムが「多目的ダム」であるという点だ。治水、農業用水、工業用水、発電——複数の目的を同時に担うダムでは、渇水時に「どの用途の水を優先するか」という判断が迫られる。ワカサギの生息環境を守るための放流は、他の利水目的と競合しうる。つまりこの問題は、単なる魚の死ではなく、水資源配分という仕組みの設計に関わっている。

カキ収穫量の半減——全国1位から転落した意味

広島県のカキ(牡蠣)養殖は、全国シェアの約6割を占めてきた。「広島といえばカキ」という認知は、観光にも食文化にも深く根を張っている。ところが農林水産省の統計によれば、2022年7月から12月までの広島県産カキの収穫量は前年同期比でおよそ半減し、広島県は全国の生産量ランキングで2位に転落した。

カキの養殖は、海水温と餌となる植物プランクトンの量に大きく左右される。瀬戸内海は閉鎖性水域であり、外洋に比べて水温変動の影響を受けやすい。夏季の高水温はカキの斃死率を高め、同時にプランクトンの組成を変化させる。加えて、河川からの淡水流入が減少すれば、海水の塩分濃度や栄養塩のバランスも変わる。

つまり、カキの不漁は海だけの問題ではない。山に降った雨が川を下り、栄養塩とともに海に注ぐ——その流れの上流で起きている渇水が、下流の海の生産性に影響している可能性がある。観音ネギを枯らした水不足と、カキを減らした海の変化は、同じ水循環の上流と下流で起きた現象だと見ることができる。

カキ生産者への経済的打撃は甚大だ。広島県のカキ養殖業の産出額は年間200億円規模とされ、収穫量の半減は、加工業者、流通業者、飲食店、観光業にまで連鎖する。お好み焼きと並ぶ広島の食のアイデンティティが揺らぐことの意味は、経済指標だけでは測れない。

三つの現場が指し示す、一つの構造

観音ネギ、ワカサギ、カキ——三つの被害を並べたとき見えてくるのは、「瀬戸内の水循環」という一つの構造が、複数の出口で同時に悲鳴を上げているという事実だ。

山地に降った雨が地下水となり、河川を流れ、ダムに貯まり、海に注ぐ。その途中で農地を潤し、淡水魚を養い、海の栄養塩を補給する。この循環のどこか一箇所が詰まれば、下流のすべてが影響を受ける。2023年の広島で起きたことは、その循環の「入口」——降水——が極端に絞られたときに何が起こるかを、三つの異なる現場で同時に可視化した事例だといえる。

個々の生産者が暑さに耐え、水を工面し、何とか持ちこたえようとしている。その努力は疑いようがない。しかし、個人の頑張りで吸収できる変動の幅を、気候の振れ幅が超え始めている。ならば問うべきは、「誰がもっと頑張るか」ではなく、「どの仕組みを変えれば、現場の負荷が下がるか」だろう。

水資源の広域管理、農業用水と環境用水の配分ルールの見直し、伝統品種の種子バンク整備、養殖海域のモニタリング体制——対策の選択肢は、すでにいくつも議論されている。問題は、それらがまだ個別の施策として散在していることだ。畑の問題は農政、ダムの問題は国交省、海の問題は水産庁——縦割りの管轄が、水循環という横串の構造と噛み合っていない。

これは誰を楽にするための問いか

「持続可能な未来のために意識を持とう」という言葉は、正しいが、少し遠い。

もっと手前にある問いがある。観音ネギの種を来年も蒔けるか。灰塚ダムにワカサギ釣りの客が戻るか。カキ打ち場で働く人の冬の仕事があるか。——この問いに答えるのは、意識ではなく仕組みだ。

水の流れは、山から海まで一本でつながっている。その流れの上に暮らしを載せてきた人たちが、今、同時に困っている。三つの現場を一つの構造として見ること——それが、次の一手を考えるための最初の一歩になる。

畑で土を触る手と、ダムの水位計と、海に浮かぶ筏。それぞれの現場は遠いようで、同じ水の上にある。

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