森﨑浩司が退任し、仙田前社長が青少年会長に就く——サンフレッチェの「人」はクラブの外で何を回すのか
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クラブを離れた人が、地域の歯車になる
サンフレッチェ広島のクラブアンバサダー・森﨑浩司が退任する。新スタジアム「エディオンピースウイング広島」の開業に向けた機運醸成、地域イベントへの顔出し、エコ活動の呼びかけ——選手時代とは異なる立ち位置で、クラブと街をつなぐ回路を担ってきた人物だ。
ほぼ同じ時期に、もうひとつの人事が動いた。前社長の仙田信吾が、青少年育成広島県民会議の会長に就任している。さらに、元選手の丹羽大輝が広島市南区・似島学園にサッカーゴールを寄贈したという報道もあった。
三つの出来事は、それぞれ別の文脈で起きている。だが並べてみると、ひとつの問いが浮かぶ——サンフレッチェを「卒業」した人たちは、クラブの外でどんな仕組みを回しているのか。
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森﨑浩司が残した「接点」の設計
森﨑浩司のキャリアを振り返ると、選手としての足跡はそのままクラブの歴史と重なる。ユース出身、J1通算300試合超の出場、三度のリーグ優勝——いずれもサンフレッチェの紫を着て積み上げたものだ。2017年の現役引退後、クラブアンバサダーに就任。以来およそ7年にわたり、広報と地域をつなぐ役割を引き受けてきた。
アンバサダーという肩書きは、外から見ると華やかに映る。だが実態は地道な「接点の設計」だった。学校訪問、商業施設でのトークイベント、スタジアム周辺の清掃活動。ひとつひとつは小さいが、クラブが地域住民の日常に顔を出す回路を維持し続ける仕事だ。エディオンピースウイング広島が2024年2月に開業できた背景には、行政と市民の間に「サンフレッチェは街のクラブだ」という空気が醸成されていたことがある。その空気を作った装置のひとつが、森﨑のアンバサダー活動だったと言っていい。
退任にあたり、森﨑は「これまでの経験を糧に次のステージへ」と述べている。具体的な行き先はまだ公表されていない。ただ、彼が7年間で培った「クラブと地域の間に立つ技術」は、サッカー界に限らず応用が利く。次にどの場所を選ぶのか——その選択自体が、アンバサダーという役職の社会的な価値を測る指標になるだろう。
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仙田信吾が引き受けた「育成の上流」
仙田信吾は、サンフレッチェ広島の社長として2019年から2023年までクラブ経営を担った人物だ。新スタジアム建設に向けた行政との折衝、コロナ禍での経営維持、スポンサー関係の再構築——いずれもクラブの存続に直結する仕事だった。
その仙田が、退任後に就いたのが青少年育成広島県民会議の会長職である。同会議は、広島県内の教育機関・自治体・地域団体が連携し、子どもたちの健全育成を推進する組織だ。直接スポーツを指導する団体ではなく、育成にまつわる「環境と方針」を整える——いわば上流の設計に関わるポジションにあたる。
ここに構造的な面白さがある。サンフレッチェのユースやスクールは、サッカー選手を育てる仕組みだ。だが、その手前——子どもたちがスポーツに出会い、体を動かすことを楽しいと感じ、仲間との関係を学ぶ段階——を支えるのは、クラブ単体ではなく地域全体の育成環境である。仙田が会長として取り組む領域は、まさにその「手前」にあたる。
仙田は就任にあたり「青少年の健全育成は地域の未来を育む」と述べた。抽象的に聞こえるかもしれない。だが、クラブ経営者として「人が育つ環境」を内側から見てきた人間が、今度は地域全体の育成基盤を整える側に回る。これは単なる名誉職の引き受けではなく、クラブで得た知見を地域の公共的な仕組みに接続する動きとして読むべきだろう。
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丹羽大輝が届けた「ゴール」の意味
元サンフレッチェ選手の丹羽大輝が、似島学園にサッカーゴールを寄贈した。似島学園は広島市南区の似島にある児童養護施設で、さまざまな事情を抱えた子どもたちが生活している。島という立地上、スポーツ用品や設備の調達は容易ではない。
サッカーゴール一基の価格は、一般的な公式サイズのアルミ製で十数万円から数十万円程度。金額だけを見れば、企業の大型寄付と比較するまでもない。だが、この寄贈の意味は金額にはない。
児童養護施設の子どもたちにとって、サッカーゴールがあるかないかは「遊びの質」を変える。ゴールがなければ、ボールを蹴ることはできても「試合」にはならない。シュートを打つ的があること、ゴールラインが存在すること——それだけで遊びはスポーツになり、ルールが生まれ、役割が生まれる。仲間との協力や競争を経験する装置が、物理的にそこに置かれるということだ。
丹羽は「サッカーは子どもたちにとって大切な経験であり、未来の選手が育つ場となることを願っています」と語っている。「未来の選手」という言葉を額面通りに受け取る必要はない。ここで大事なのは、プロ選手という経歴を持つ人間が、自分の名前と行動で「あなたたちはスポーツをしていい」というメッセージを届けたことだ。施設の子どもたちにとって、それは設備以上のものになり得る。
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三つの動きが描く「クラブの外」の構造
森﨑浩司、仙田信吾、丹羽大輝。三人の立場はそれぞれ異なる。元選手、元社長、元選手。退任、就任、寄贈。動きの方向もばらばらだ。
だが、三つを重ねると共通する構造が見えてくる。サンフレッチェ広島というクラブが「人を外に送り出す装置」として機能しているという点だ。
多くのスポーツクラブは、人材を「集める」ことに注力する。選手を獲得し、スタッフを雇い、ファンを動員する。それはクラブ経営として当然のことだ。しかし、集めた人材がクラブを離れた後にどこへ行き、何をするかまでを視野に入れているクラブは多くない。
サンフレッチェの場合、意図的な制度設計があるかどうかは外からは断言できない。だが、結果として起きていることは明確だ。クラブで経験を積んだ人間が、地域の別の持ち場——広報、育成行政、福祉施設——に散らばり、それぞれの場所で仕組みを回し始めている。
これは「OBの社会貢献」という美談で片づけるには、少しもったいない。クラブが育てた能力と人脈が、地域社会の異なるレイヤーに再配置されている。スポーツクラブを「人材の循環拠点」として見たとき、サンフレッチェの事例は、Jリーグのクラブが地域に果たし得る役割のひとつの型を示しているように見える。
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これから見届けたいこと
事実として確認できることと、まだ見えていないことを分けておきたい。
確認できること——森﨑の退任、仙田の会長就任、丹羽の寄贈。いずれも公式に発表された事実だ。
まだ見えていないこと——森﨑の次の活動先、仙田が会長として打ち出す具体的な施策、丹羽の寄贈が似島学園の子どもたちの日常をどう変えるか。そして、サンフレッチェというクラブがこの「人材の外部循環」をどこまで意識的に設計しているのか。
推測を事実のように書くことは避けたい。ただ、ひとつだけ言えることがある。クラブの価値は、ピッチの上の勝敗だけでは測れない。クラブを通過した人間が、地域のどこで、誰のために動いているか——その軌跡の総体が、クラブの本当の大きさを決める。
森﨑が作った接点、仙田が引き受けた上流、丹羽が届けたゴール。三つの点はまだ線になっていない。だが、この街のどこかで、それぞれの持ち場が静かに回り始めている。
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JA
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