出版不況でも本屋を開く人、閉鎖GS跡で店を始める人——瀬戸内「空いた場所」の第二幕

誰かが去った場所に、別の誰かが立つ 瀬戸内の二つの街で、少し不思議なことが起きている。 広島市では、書店の閉店が相次ぐさなかに新しい本屋が開いた。尾道市では、給油する車が来なくなったガソリンスタンドの跡地に、ペット雑貨店が生まれた。——

By Rei

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誰かが去った場所に、別の誰かが立つ

瀬戸内の二つの街で、少し不思議なことが起きている。

広島市では、書店の閉店が相次ぐさなかに新しい本屋が開いた。尾道市では、給油する車が来なくなったガソリンスタンドの跡地に、ペット雑貨店が生まれた。——どちらも「空いた場所」を引き受けた人たちの話だ。

出版不況、燃料需要の減少。マクロの数字だけを見れば、どちらも撤退の風が吹いている業界に属する。だが、この二つの事例が示しているのは「不況だから人が来ない」という単純な図式ではない。むしろ問いはこうだ——その場所が空いたとき、誰がそこに立ち、何の役割を引き受けるのか。

構造と動機を、少し丁寧に見てみたい。

広島市——「本屋」という形式を再設計する

広島市中心部の商業施設の一角に、その書店はある。最寄りの路面電車の停留所から徒歩数分、周囲にはカフェや飲食店が並ぶ。人通りが途切れにくい立地だ。

日本出版販売の調査によれば、全国の書店数はこの20年で約半数にまで減った。広島県も例外ではなく、郊外のロードサイド型書店を中心に閉店が続いている。そうした状況下で新規出店に踏み切った背景には、従来の「書籍を棚に並べて売る」モデルとは異なる設計思想がある。

オーナーはこう話す。「出版不況だからこそ、新しい形の書店が求められている」。

具体的には、店舗面積の約3割をイベントスペースに充てている。作家を招いたトークイベント、子ども向けの読み聞かせ会、地元のクリエイターによるワークショップ——書籍の販売だけでなく「本をきっかけにした体験」を売る構造だ。月額賃料は約30万円。商業施設内としては抑えた水準だが、それでも書籍の粗利率——一般的に20〜25%程度——だけで賄うのは難しい。イベント参加費やドリンク提供、セレクト雑貨の販売など、複数の収益源を組み合わせることで成り立たせている。

ここで注目したいのは、「本屋」という看板を降ろさなかったことだ。カフェにもイベントスペースにもなり得る場所を、あえて「本屋」と名乗る。それは地域に対する一種の宣言でもある。——この街には、まだ本を手に取る場所がある、と。

地元作家の作品を積極的に取り扱い、棚の一部を「地域の書棚」として地元出版物やZINEに割いている点も、単なる品揃えの工夫ではなく、地域の書き手と読み手をつなぐ仕組みとして機能している。子ども向けの読書イベントには、近隣の小学校から親子連れが訪れるようになり、月に2〜3回の開催が定着しつつあるという。

書店という業態の中身を入れ替えながら、「本がある場所」という器は残す。形式の再設計——それがこの店の核にある考え方だ。

尾道市——ガソリンスタンドの「箱」が持っていた可能性

尾道市の国道沿いに、かつてガソリンスタンドだった建物がある。給油機は撤去され、ピットだった場所は床が張り直された。今そこにあるのは、ペット雑貨店だ。

経済産業省の統計では、国内のガソリンスタンド数は1994年度の約6万カ所をピークに、2023年度には約2万7千カ所まで減少している。地方では特に閉鎖が進み、跡地の活用は各地で課題になっている。土壌汚染の調査や設備撤去のコストがかかるため、更地にしても次の借り手がつきにくい。

この尾道の物件を引き受けたのは、Uターンで戻ってきた夫婦だった。月額賃料は約20万円。もともとの建物の躯体——広い間口、天井の高さ、車が入れる開放的な構造——をそのまま活かし、改装費を抑えた。キャノピー(屋根付きの給油スペース)はドッグテラスに転用されている。犬を連れたまま立ち寄れる場所は、この地域にはほとんどなかったという。

「ペットを飼う人が増えた、というより、ペットと一緒に出かけられる場所がなかった」と夫婦は話す。

この言葉は、需要の有無ではなく「受け皿の不在」を指している。尾道は観光地としての集客力がある一方で、住民の日常生活を支えるサービスには空白がある。ペット同伴可の飲食店や雑貨店は限られ、犬の散歩ついでに立ち寄れる場所を求める声は以前からあったという。

オープンから数カ月で、週末には近隣市町からも来客があり、リピーターが売上の半数以上を占めるようになった。SNSでの口コミが広がった面もあるが、それ以上に「犬と一緒にいられる場所がある」という事実そのものが、人を引きつけている。

ガソリンスタンドという「箱」の物理的な特性——広い、開放的、車でアクセスしやすい——が、ペット連れの来客動線と噛み合った。偶然のようでいて、建物の構造が次の用途を呼び込んだとも言える。

二つの事例が重なる場所

広島の本屋と尾道のペット雑貨店。業種も規模も客層も違う。だが、構造を並べてみると、いくつかの共通点が浮かび上がる。

まず、どちらも「前の用途が終わった場所」に入っている。商業施設の空きテナント、閉鎖されたガソリンスタンド。撤退によって生まれた空白を、別の文脈で引き受けた。

次に、既存の建物や立地の特性を活かしている。商業施設の集客力、GSの広い間口と天井高。ゼロから理想の箱を作るのではなく、ある箱の「使い方」を変えた。初期投資を抑えられるのは、この再利用の構造があるからだ。

そして、どちらも「モノを売る」だけでなく「場を開く」ことに軸足を置いている。本屋はイベントスペースを、雑貨店はドッグテラスを設けた。商品の購入がなくても人が滞在できる余白がある。その余白が、結果として地域の人々の動線を変え、繰り返し足を運ぶ理由になっている。

——つまり、この二つの店は「商売の成功例」である以前に、「場所の引き受け方」の事例なのだ。

「空いた場所」は誰を待っているのか

地方の空き店舗や遊休地の問題は、数字の上では「空き家率」「空きテナント率」として語られることが多い。だが、数字が示すのは空白の量であって、空白の質ではない。

どんな場所が空いたのか。その場所はどんな構造を持っているのか。周囲にはどんな人が暮らし、何が足りていないのか。——空白の「中身」を読む人がいて初めて、次の使い方が見えてくる。

広島のオーナーは、書店が減り続ける街で「本がある場所」の意味を再定義した。尾道の夫婦は、車のための空間を犬と人のための空間に読み替えた。どちらも、空いた場所を前にして「ここで何ができるか」ではなく「ここに来る人は何を必要としているか」から考えている。

もちろん、これらの事例がすべての地域で再現可能だとは言い切れない。立地条件、賃料水準、地域の人口構成、既存の競合——変数は多い。成功の裏には、表に出にくい段取りや交渉、地域との地道な関係構築がある。華やかなオープンの日の裏側に、何カ月もの準備期間があったことは想像に難くない。

それでも、この二つの物語が示していることがある。

誰かが去った場所は、終わった場所ではない。次に立つ人の読み方次第で、まったく違う役割を引き受けることができる。瀬戸内の「空いた場所」の第二幕は、場所そのものの力と、それを読み解く人の目が重なったところから始まっている。

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