代走専門・辰見鴻之介の25盗塁と体脂肪率3%——「走るだけの選手」を成立させる仕組みの設計図
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一塁ベースに立った瞬間、球場の空気が変わる
七回裏、ワンヒットで出塁した打者に代わって背番号62がベンチから飛び出す。辰見鴻之介がヘルメットをかぶり、一塁ベースに足をかけた瞬間——相手バッテリーの間合いが、少しだけ狂う。投手がクイックモーションを意識し、捕手が二塁への送球を頭に入れ、内野手がポジションを微調整する。まだ走っていない。走っていないのに、守備側の設計がすでに崩れ始めている。
広島東洋カープの辰見鴻之介選手が、代走での25盗塁を記録し、1979年に近鉄バファローズの藤瀬史朗が打ち立てた代走盗塁の日本記録に並んだ。45年ぶりの到達——だが、この数字の裏側にあるのは、ひとりの脚力だけではない。「走るだけの選手」を一軍の戦力として成立させるために、チームが設計した仕組みと、本人が自分の身体に施した徹底的な管理の両方が噛み合った結果だ。
この記事では「これは誰を楽にするか」という問いから、辰見選手の25盗塁を読み解く。
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楽天で盗塁ゼロ——「速い選手」と「盗塁できる選手」のあいだ
辰見選手は2020年の育成ドラフトで楽天に入団した。50メートル5秒8という俊足は当時から知られていたが、楽天での3年間で一軍出場は限られ、盗塁数はゼロだった。速さはあった。だが「速い」と「盗める」のあいだには、仕組みの溝がある。
代走専門の選手をベンチに置くということは、一枠を「走ること」だけに割くということだ。その一枠を正当化するには、代走を送る場面を試合の中で確実に作り出す打線の設計が必要になる。さらに、代走を出した後の守備固めや継投の順序まで含めた終盤のゲームプランが組まれていなければ、「速い選手がベンチにいるだけ」で終わる。楽天時代の辰見選手に足りなかったのは、脚力ではなく、その脚力を起動させるチーム側の回路だったのではないか。
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広島が設計した「代走を成立させる回路」
2023年オフ、辰見選手は広島に移籍した。ここで変わったのは、本人の走力ではない。チームが彼の脚を「使う前提」で試合を組み立て始めたことだ。
広島の起用パターンを見ると、辰見選手が代走で投入されるのは主に六回以降、1点差から同点の僅差の場面が多い。つまり、「辰見を出す展開」をベンチが逆算して試合を運んでいる。先発投手の交代タイミング、代打の順序、守備固めの配置——それらが辰見選手の代走投入を軸に連動している。
ここで重要なのは、辰見選手の盗塁成功率だ。報道によれば成功率は80%を超えている。代走で出て、高確率で二塁に進む。これは「一塁走者を二塁に送る」ためにバントの一打席を使う必要がなくなることを意味する。打者はバントではなくヒッティングに集中できる。辰見選手が走ることで、次の打者が「楽になる」。
さらに、盗塁を警戒した投手がクイックを多用すれば、変化球の精度が落ちる。捕手が二塁送球を意識すれば、ワンバウンドの処理に一瞬の迷いが生まれる。辰見選手が一塁にいるだけで、相手バッテリーの選択肢が狭まる——走らなくても機能する。これが「仕組みとしての代走専門」の本質だ。
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体脂肪率3%、サプリメント4種——身体を「道具」として設計する
辰見選手の身体管理は、少し異様とも言える水準にある。体脂肪率3%。体重65キロ。この数字を維持するために、4種類のサプリメントを日常的に摂取しているという。月あたりのサプリメント費用は数万円規模——年間にすれば数十万円の自己投資になる。
体脂肪率3%という数字は、ボディビルダーがコンテスト直前に一時的に到達する領域であり、アスリートが年間を通じて維持するには相当な栄養管理が求められる。辰見選手がこの数値にこだわるのは、「走る」という単一の機能に身体を最適化するためだ。余分な重量を削ぎ、加速と減速のレスポンスを極限まで高める。打撃や守備で総合力を求められる選手とは、身体設計の思想そのものが違う。
本人はインタビューで「思い通りに身体を操れる状態をつくりたい」と語っている。この言葉には、走塁という行為を「才能」ではなく「技術と管理の成果」として捉える意識がにじむ。体脂肪率3%は結果ではなく、設計図の一部だ。
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25盗塁の内訳が語ること——「いつ走るか」の精度
代走での25盗塁という数字をもう少し分解してみたい。代走専門ということは、出場機会そのものが限られている。スタメンで出て9イニングを走り回るのとは違い、一試合に与えられるチャンスは多くて1回、出番がない日もある。その限られた機会の中で25回成功させているという事実は、「いつ走るか」の判断精度がきわめて高いことを示している。
盗塁は脚の速さだけでは成立しない。投手のモーションの癖、捕手の肩の強さと送球までの時間、カウントごとの配球傾向、ベンチからのサイン——複数の変数を瞬時に読み、スタートを切る。辰見選手が走るとき、その判断にはベンチのデータ分析と本人の経験則が重なっている。個人の感覚とチームの情報が噛み合う瞬間——それが盗塁成功の一歩目だ。
藤瀬史朗が記録を作った1979年と現在では、データ分析の精度も、投手のクイックモーション技術も、捕手の送球タイムも大きく変わっている。守備側の「盗塁を防ぐ仕組み」が45年分進化した中で同じ数字に到達したことの重みは、単純な比較では測れない。
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「代走専門」は新しいポジションか——仕組みが人を活かす構造
辰見選手の成功を見て、「代走専門」という役割が今後増えるかどうかを考えるのは自然な流れだ。だが、少し立ち止まりたい。
代走専門が成立するには、いくつかの条件が揃う必要がある。まず、ベンチ枠の一つを走塁だけに使う余裕——つまり、他のポジションで複数の役割をこなせる選手がいること。次に、代走を出す場面を逆算できるベンチワーク。そして、代走後の守備交代を含めた終盤の設計。これらは「代走の選手が優秀かどうか」とは別の次元の話だ。
つまり、辰見選手の25盗塁は「速い選手がいたから達成できた」のではなく、「速い選手を活かす仕組みをチームが持っていたから達成できた」。この順序を逆にしてはいけない。
広島というチームが、機動力を重視する伝統の中で培ってきた走塁への意識、データスタッフの分析体制、コーチングスタッフの起用設計——それらの蓄積が、辰見選手という一人の選手の脚を通じて数字になった。個人の頑張りが仕組みに乗ったとき、記録は生まれる。
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走ることで、誰が楽になったか
最後に、冒頭の問いに戻る。「これは誰を楽にするか」。
辰見選手が走ることで、次の打者はバントをしなくてよくなる。投手はクイックを強いられ、本来の投球リズムを崩す。捕手は走者への意識と打者への配球を同時に処理しなければならなくなる。つまり、辰見選手が一塁にいるだけで、味方は楽になり、相手は少しずつ苦しくなる。
代走専門という役割は、スコアブックに打率も本塁打も残らない。守備イニングもほとんどない。だが、試合の流れを変える「圧」を生み出し、チームメイトの負荷を下げている。地味な段取りが、派手な得点を生む。そういう構造だ。
辰見鴻之介、体脂肪率3%、サプリメント月数万円、代走25盗塁。数字だけを並べれば極端に見える。だが、その極端さの裏には、ひとつの役割を成立させるために設計された仕組みと、その仕組みの中で自分の身体を研ぎ澄ませ続ける一人の選手の静かな覚悟がある。
走るだけ——その「だけ」を支える構造の厚みに、少し目を向けてみてほしい。
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JA
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