江田島で救助訓練、広島で避難所体験、JR呉線は大雨で止まる——「備える側」の仕組みは誰が回しているか

梅雨が近づくたびに、広島の沿岸部は少し空気が変わる。2018年の西日本豪雨で土砂に街ごと呑まれた記憶が、この地域にはまだ地層のように残っている。 6月、江田島では警察と消防の合同救助訓練が行われ、広島市中区の袋町小学校では子どもたちが避難

By Rei

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梅雨が近づくたびに、広島の沿岸部は少し空気が変わる。2018年の西日本豪雨で土砂に街ごと呑まれた記憶が、この地域にはまだ地層のように残っている。

6月、江田島では警察と消防の合同救助訓練が行われ、広島市中区の袋町小学校では子どもたちが避難所の一夜を体験し、同じ週にJR呉線が大雨で運転を見合わせた——三つの出来事は、それぞれ別の文脈で起きている。けれど並べてみると、ひとつの問いが浮かぶ。「備える側」の仕組みは、いったい誰が回しているのか。

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江田島——土砂の下から声を聞くための段取り

江田島市で行われた合同救助訓練は、警察と消防が同じ現場で動くことそのものに意味がある。普段、両者の指揮系統は別だ。災害が起きれば同じ土砂の上に立つのに、訓練なしでは「誰が掘り、誰が搬送し、誰が安全管理をするか」の線引きが曖昧なまま本番を迎えることになる。

訓練は実際の建物を使い、土砂に埋もれた要救助者を想定して実施された。消防隊員が「一名発見!」と声を上げる場面は、訓練であっても緊張が走る。声を出すこと自体が情報共有の手段であり、周囲の隊員が次の動作——担架の準備、二次崩落の監視——に移るためのトリガーになっている。叫びは感情ではなく、仕組みの一部だ。

江田島市は島嶼部に位置し、急傾斜地が市域の多くを占める。国土交通省の土砂災害警戒区域データによれば、広島県全体の指定区域数は全国最多の約4万9,000か所。江田島市内にも数百か所の警戒区域が点在する。人口約2万2,000人の小さな自治体が、この密度のリスクに向き合っている。

注目したいのは、訓練で使われた救助用の進入通路を地元業者が設計・施工しているという点だ。大手ゼネコンが入るような規模ではない。地域の建設業者が、自分たちの島の地形を知り尽くしたうえで、救助動線を考えている。防災は「計画を立てる人」と「現場で動く人」の間に、こうした「つくる人」がいて初めて回る。その存在は、報道ではほとんど語られない。

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袋町小学校——避難所は「届ける側」がいないと成り立たない

広島市中区の袋町小学校で開かれた避難所体験イベントは、地域の自主防災組織が企画の中心を担った。対象は小学生とその保護者。体育館に段ボールベッドや毛布を並べ、実際に一晩を過ごすプログラムだ。

子どもたちは簡易食——アルファ米や缶詰のパン——を食べ、毛布一枚で床に横になった。参加した児童のひとりは「床が硬くて眠れなかった」と話したという。この一言は、どんな防災マニュアルよりも正確に避難所の現実を伝えている。

このイベントで少し立ち止まりたいのは、「誰がこの場を準備したか」という裏側だ。学校施設を避難所として使うには、教育委員会との調整が要る。体育館の鍵、電源の確保、トイレの動線、アレルギー対応の食料手配——段取りの一つひとつを、自主防災組織のメンバーが仕事の合間に詰めている。多くは地域の町内会役員や民生委員であり、専従のスタッフがいるわけではない。

費用は地域の防災予算と地元企業の協賛で賄われている。金額の規模は大きくない。段ボールベッドの単価は一台あたり数千円、アルファ米は一食200〜300円程度。物資のコストよりも、人が動く時間のほうがはるかに重い。にもかかわらず、この「人が動く時間」は予算書のどこにも計上されない。

避難所体験は、子どもたちに「災害のリアル」を伝える教育の場として語られることが多い。それは間違いではない。けれど同時に、この場は「届ける側」——備蓄を管理し、名簿をつくり、夜間の見回りを担う人たち——の存在を可視化する装置でもある。体験した子どもたちが将来、届ける側に回るかもしれない。仕組みは、こうして世代をまたいで引き継がれていく。

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JR呉線——止まることで見える「つながり」の脆さ

同じ時期、広島地域では大雨によりJR呉線が運転を見合わせた。呉市には大雨警報(警戒レベル3相当)が発表され、安浦—広間を中心に列車が止まった。JR西日本は運転再開の見込みを午前11時以降と発表し、通勤・通学の足に影響が広がった。

JR呉線は2018年の西日本豪雨で甚大な被害を受け、全線復旧までに約1年を要した路線だ。沿線住民にとって「呉線が止まる」という事態は、単なる交通障害ではなく、あの夏の記憶と地続きにある。

防災の文脈で見ると、鉄道の運休は避難行動にも影響する。自家用車を持たない高齢者や学生にとって、鉄道は避難所へのアクセス手段そのものだ。呉市の高齢化率は約37%(2023年時点)。公共交通が止まったとき、代替手段を自力で確保できない層が一定数存在する。バス代行や地域の助け合いがなければ、「避難してください」というアナウンスは届かない。

ここにも「回す人」がいる。JR西日本の運行管理、代行バスを手配する交通事業者、運休情報を住民に伝える自治体の防災担当——列車が止まった瞬間から、複数の組織が連鎖的に動き始める。その連鎖がスムーズかどうかは、平時にどれだけ段取りを共有しているかで決まる。

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三つの現場が重なる場所

江田島の救助訓練、袋町小学校の避難所体験、JR呉線の運転見合わせ。三つの出来事を並べると、共通する構造が見えてくる。

どの現場にも、「表で動く人」と「裏で回す人」がいる。救助訓練では地元業者が通路を設計し、避難所体験では自主防災組織が段取りを組み、鉄道の運休では運行管理と代行手配が裏で走る。表に出る場面——隊員の声、子どもの感想、運休の速報——だけを見ていると、その奥にある仕組みは透明になってしまう。

もうひとつ、三つに共通するのは「平時のコスト」だ。訓練も、体験イベントも、運行管理の段取りも、災害が起きていない日に時間と予算を使う行為だ。成果が目に見えるのは、災害が実際に起きたときだけ。つまり、成果が見えないほうが幸福な投資である。この逆説を、予算を組む側も、住民の側も、どこまで引き受けられるか。

広島県は全国で最も土砂災害警戒区域が多い県であり、同時に、2018年以降の復旧と備えの経験を最も濃密に蓄積してきた地域でもある。その蓄積は、制度やマニュアルだけでなく、「あのとき動いた人」の記憶と、「次は自分が回す側になる」という静かな意志の中にある。

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今後の注目ポイント

  • 訓練の「横展開」:江田島の合同訓練で得られた警察・消防の連携ノウハウが、他の島嶼部や中山間地域にどう共有されるか。訓練は単発で終わると効果が薄れる。継続と展開の仕組みが問われる。
  • 自主防災組織の担い手:袋町小学校の避難所体験を支えた自主防災組織は、全国的に高齢化と担い手不足が課題になっている。体験イベントが「次の回す人」を育てる場になるかどうか。
  • 公共交通と防災の接続:JR呉線の運休が示したように、交通インフラの脆弱性は避難計画に直結する。自治体と交通事業者の間で、運休時の避難動線をどこまで事前に設計できるか。

備えるとは、何かを「する」ことだと思われがちだ。けれど今回の三つの現場を見ていると、備えるとはむしろ「仕組みを回し続ける」ことに近い——そしてその仕組みの中心には、いつも名前の出ない誰かの手がある。

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