広島城の木造復元と新美術館着工——「つくり直す」都市の時間軸を読む
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広島城の木造復元と新美術館着工——「つくり直す」都市の時間軸を読む
広島という都市には、時間の扱い方に独特の緊張がある。1945年8月6日を境に、この街の建造物はほぼすべてが「あの日以降」のものになった。戦後のコンクリートで再建された広島城天守、被爆の痕跡を残したまま立ち続ける旧陸軍被服支廠——同じ街の中に、「記憶を封じ込めた建物」と「記憶を上書きした建物」が並んでいる。
いま、その両方が動き出している。広島城天守の木造復元が検討会議の最終報告としてまとめられ、新美術館は2029年春の開館を目指して着工に入った。旧陸軍被服支廠は一般公開の検討が進み、JR広島駅前には新中央図書館が開館した。これらは個別の再開発ではない。「記憶を残しながらつくり直す」という、被爆都市にしかない設計思想が、複数のプロジェクトを貫いている。
木造復元という選択——なぜコンクリートではないのか
広島城の天守は、1958年に鉄筋コンクリートで再建された。被爆から13年後のことだ。当時の再建は「とにかく元の姿を取り戻す」ことが優先された。外観は江戸時代の天守を模しているが、内部は博物館として使われ、構造はコンクリートの箱だ。
そのコンクリートが、築67年を迎えて老朽化している。耐震性の問題もある。広島市が設置した検討会議は、建て替えにあたって「木造復元」を提言した。概算事業費は約70億円と見込まれている。
なぜ木造なのか。コンクリートで建て直すほうが工期もコストも抑えられる可能性がある。それでも木造を選ぶ理由は、「1945年以前の時間に接続する」という意志にある。
広島城は1589年、毛利輝元によって築城された。江戸時代を通じて浅野家の居城として機能し、明治以降は陸軍の施設として使われた。そして1945年、原爆で倒壊した。現在のコンクリート天守は、その歴史の断面のうち「戦後復興」の層だけを体現している。木造復元は、被爆以前の層——築城から356年間の時間——を物理的に取り戻す試みだ。
もちろん、課題はある。木造復元には高度な伝統建築技術が必要で、職人の確保が全国的に難しくなっている。名古屋城の木造復元計画が当初の2022年完成予定から大幅に遅れていることは、同種のプロジェクトの難しさを示している。また、70億円という事業費を市民がどう受け止めるかも問われる。広島市の一般会計予算は約7,000億円規模だが、他の公共事業との優先順位の議論は避けられない。
それでも、この選択には意味がある。被爆都市が「壊される前の時間」を木と土で再現するということは、破壊の記憶を消すのではなく、破壊される前にも豊かな時間があったことを示すことだからだ。
新美術館——2029年に向けて都市の文化層を厚くする
広島市中心部で進む新美術館の建設は、もう一つの時間軸を持つプロジェクトだ。2029年春の開館を予定し、屋外には日本庭園やカフェも併設される計画になっている。
広島市現代美術館は比治山にあり、1989年の開館以来、現代アートの拠点として機能してきた。しかし、比治山の立地は市中心部からのアクセスに難があり、来館者数は伸び悩んでいた。新美術館を中心部に置くことで、日常の動線の中に美術館が入る。通勤途中に立ち寄れる、買い物のついでに覗ける——その「ついで」の設計が、文化施設の利用率を左右する。
注目したいのは、この美術館が「箱」だけの計画ではない点だ。屋外の日本庭園やカフェは、美術に関心がない人にも開かれた空間になる。美術館の敷居を下げ、「入口」を複数用意する設計は、文化施設の持続可能性にとって重要だ。
広島には、ひろしま美術館、広島県立美術館、広島市現代美術館と、複数の美術館がすでにある。新美術館の開館によって、これらの施設がどう役割分担するのか——あるいは競合するのか——という問いも生まれる。理想的には、それぞれの館が異なる層の観客を育て、都市全体の文化的厚みを増すことだ。
被爆建物を「開く」という判断
広島城と新美術館が「つくる」プロジェクトだとすれば、旧陸軍被服支廠の一般公開検討は「残す」プロジェクトだ。
旧陸軍被服支廠は、1913年に建設された赤レンガの倉庫群で、被爆建物としては最大級の規模を持つ。爆心地から約2.7キロの距離にあり、被爆の痕跡——熱線で変色したレンガ、爆風で歪んだ鉄扉——が今も残る。長年、老朽化と保存費用の問題から一般公開は限定的だったが、広島県はその公開範囲を広げる方向で検討を進めている。
この建物を「開く」ことの意味は大きい。原爆資料館が「展示によって記憶を伝える場所」だとすれば、被服支廠は「建物そのものが記憶である場所」だ。展示パネルや映像ではなく、歪んだ鉄と焼けたレンガが、言葉なしに語る。258万人が資料館を訪れる時代に、もう一つの「記憶の装置」が開かれることは、広島の伝承の回路を複線化することを意味する。
駅前図書館とデザイン賞——日常の中の「つくり直し」
大規模プロジェクトの陰で、もう少し小さな「つくり直し」も進んでいる。
JR広島駅前に移転した新中央図書館は、子ども・青少年向けのフロアを充実させた。図書館が駅前にあるということは、「本を借りに行く」という目的がなくても、人の流れの中に文化施設が組み込まれるということだ。これは新美術館の「ついで」の設計と同じ思想にある。
また、中電工業が手がけた交流広場「ヤマヤマミタ」が、世界三大デザイン賞の一つ「iFデザインアワード」を受賞した。地域企業が設計した公共空間が国際的に評価されたことは、広島の「つくる力」が建築やデザインの領域でも認められた証左だ。
これらの動きを並べてみると、ある共通点が浮かぶ。どれも「壊して新しくする」のではなく、「前の時間を踏まえた上でつくり直す」という姿勢を持っていることだ。広島城は被爆前の時間に接続し、被服支廠は被爆の時間を保存し、新美術館と図書館は戦後の時間を更新する。異なる時間軸のプロジェクトが、同じ都市の中で同時に進行している。
「つくり直す」都市の時間軸
ほとんどの都市にとって、再開発は「古いものを壊して新しいものを建てる」ことだ。経済合理性がそれを要求する。しかし、広島はその方程式をそのまま適用できない。壊された記憶が、この街のアイデンティティそのものだからだ。
木造復元に70億円をかける判断も、被爆建物を維持費をかけて公開する判断も、経済合理性だけでは説明できない。そこにあるのは、「時間を雑に扱わない」という都市の意志だ。
広島城の木造復元が完成するのは、まだ先のことだ。新美術館が開くのは2029年。被服支廠の公開範囲が定まるのも、これからの議論次第だ。どのプロジェクトも、すぐには形にならない。
けれど、急がないことそのものが、この街の設計思想なのかもしれない。記憶を残しながらつくり直す仕事には、時間がかかる。その時間をかけることを選んだ都市が、いま静かに動いている。
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