岩国空港最多、アパホテル進出、朝ドラロケ——基地の街に「もうひとつの経済圏」は育つか
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岩国空港最多、アパホテル進出、朝ドラロケ——基地の街に「もうひとつの経済圏」は育つか
数字だけを見れば、好調な地方都市の話に見える。
岩国錦帯橋空港の利用者数が2年連続で過去最多を更新した。全国チェーンのアパホテルが岩国駅前に初進出し、2025年6月に開業。NHKの朝ドラ『あんぱん』のロケ地にも選ばれ、2025年度後期の放送に向けて地元の期待が高まっている。
だが、この街の地図をもう少し引いて見ると、別の輪郭が重なる。米軍岩国基地の騒音苦情が過去最多を記録し、基地周辺の土地取得をめぐる懸念の声も上がっている。空港の滑走路は、もともと基地の軍民共用施設だ。観光で稼ぐ経済と、基地に依存する経済——ふたつの経済圏が同じ地面の上に重なっている街で、「もうひとつの経済圏」は本当に育つのか。数字を並べながら、その構造を読む。
空港利用者数が語ること——「通過点」か「目的地」か
岩国錦帯橋空港は2012年に民間航空便の運用を開始した。開港当初の年間利用者数は約20万人。それが2023年度には過去最多を記録し、2024年度もさらに更新した。全日本空輸(ANA)が運航する東京(羽田)便が主力であり、1日4往復の体制が利用者増を支えている。
ただし、この数字を「岩国の観光が好調」と読むのは少し早い。空港利用者数には、ビジネス客、基地関係者の移動、広島方面への乗り継ぎ需要も含まれる。岩国市の観光統計と照らし合わせると、宿泊を伴う観光客数の伸びは空港利用者数の伸びほど急ではない。つまり、空港は「目的地への入口」として機能しているが、岩国市自体が「滞在する場所」になりきれていない可能性がある。
この「通過点」と「目的地」の差を埋めるのが、宿泊施設と滞在コンテンツの整備だ。アパホテルの進出と朝ドラのロケは、まさにその文脈で読める。
アパホテル進出——チェーンホテルが測る「需要の体温」
「アパホテル〈山口岩国駅前西〉」が2025年6月に開業した。アパグループは全国で700棟以上を展開する国内最大級のホテルチェーンであり、その出店判断は徹底したデータ分析に基づくことで知られる。逆に言えば、アパが出てくるということは、岩国駅前エリアに一定の宿泊需要があるとデータが示しているということだ。
これまで岩国市内の宿泊施設は、老舗旅館や小規模ビジネスホテルが中心だった。全国チェーンの進出は、予約システムやポイント制度を通じて「岩国に泊まる」という選択肢を全国の旅行者に可視化する効果がある。宿泊施設が増えることで、日帰り客が一泊に変わり、一泊が二泊に変わる——その差が飲食、土産、体験といった周辺消費を生む。
岩国市の錦帯橋周辺には年間約300万人の観光客が訪れるとされるが、その多くが日帰りだ。アパホテルの進出が、この構造をどこまで変えるか。開業後1年間の稼働率が、ひとつの指標になるだろう。
朝ドラ『あんぱん』のロケ地効果——「一過性」を超えられるか
NHK連続テレビ小説の舞台やロケ地に選ばれた地域が観光ブームに沸く現象は、過去にも繰り返されてきた。『あまちゃん』の岩手県久慈市、『まんぷく』の大阪府池田市——いずれも放送期間中は観光客が急増し、放送終了後に落ち着くという曲線を描いた。
岩国市がロケ地となった『あんぱん』は、やなせたかしと妻・暢の物語を描く作品で、2025年度後期の放送が予定されている。岩国市はやなせたかしの妻の出身地であり、物語の重要な舞台のひとつだ。ロケ地としての露出は、岩国の名前を全国に届ける強力なチャンネルになる。
だが、問題は放送後だ。朝ドラ効果を一過性のブームで終わらせず、持続的な観光資源に転換できるかどうかは、地元の受け皿づくりにかかっている。ロケ地マップの整備、関連イベントの企画、飲食店や宿泊施設との連携——こうした段取りが放送前から動いているかどうかが、効果の持続期間を決める。岩国市と地元観光協会がどのような準備を進めているか、具体的な動きを追いたい。
基地依存経済という「もうひとつの地面」
ここまでの話は、観光経済の明るい面だ。しかし、岩国市の経済構造を語るとき、米軍岩国基地の存在を避けて通ることはできない。
岩国基地は、在日米軍の中でも最大級の航空基地であり、約5,000人の米軍人・軍属とその家族が暮らす。基地関連の交付金や補助金は市の財政に大きく寄与しており、基地周辺の商業施設や飲食店も基地関係者の消費に支えられている部分がある。
一方で、基地の存在がもたらす負の側面も顕在化している。2024年度の航空機騒音に関する苦情件数は過去最多を記録した。空母艦載機の移駐以降、飛行回数が増加したことが背景にある。騒音は、住民の生活の質に直接影響するだけでなく、観光地としてのイメージにも関わる。錦帯橋のたもとで静かに川面を眺めている観光客の頭上を、戦闘機が轟音とともに通過する——その体験が「また来たい」につながるかどうか。
さらに、基地近隣の離島で外国人による土地取得が報じられ、安全保障上の懸念として地元で議論を呼んでいる。この問題は観光とは直接関係しないが、「基地の街」という岩国のアイデンティティに関わる論点であり、地域の将来像を考える上で無視できない。
二重構造の中で「もうひとつの経済圏」は育つか
岩国市が直面しているのは、基地依存経済から脱却するかどうかという二者択一ではない。基地経済は当面なくならないし、交付金や雇用という現実的な恩恵がある。問題は、基地経済の「隣に」もうひとつの経済圏を育てられるかどうかだ。
空港利用者数の増加、チェーンホテルの進出、朝ドラのロケ——これらは「もうひとつの経済圏」の芽ではある。だが、芽が育つには土壌がいる。宿泊施設の充実、滞在コンテンツの開発、交通アクセスの改善、そして騒音問題への対応。どれかひとつが欠けても、観光客は「通過」するだけで「滞在」しない。
岩国市の2024年度一般会計予算は約780億円。そのうち基地関連の交付金・補助金が占める割合と、観光関連の税収が占める割合を比較すれば、二つの経済圏の現在地が見える。観光経済が基地経済と肩を並べるには、まだ相当の距離がある。
だが、距離があることと、歩き始めていないことは違う。空港の数字が伸び、ホテルが建ち、ドラマが街の名前を運ぶ——その一つひとつは小さな段取りの積み重ねだ。基地の街に「もうひとつの経済圏」が育つかどうかは、この段取りを誰が、どの順番で、どれだけ粘り強く続けられるかにかかっている。
同じ地面の上に、二つの経済圏が重なっている。その重なりの中で、観光という回路がどこまで太くなれるか——答えは、まだ出ていない。
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