大学の中の外国、工場の中の決断、教室の中の越境——東広島に人を集める三つの仕掛けは「誰を楽にするか」
Related Articles
三つの仕掛けが同時に動いている、という事実をまず見る
東広島市で、性格のまったく異なる三つの動きが重なっている。
米アイダホ大学が広島大学キャンパス内に半導体人材育成の拠点を開いた。地場の自動車部品メーカーがマツダ依存率75%の構造から抜け出そうと舵を切った。広島県立高校11校が2027年春から全国募集に踏み切る。
大学、工場、高校——スケールも文脈もばらばらに見える。けれど三つを並べたとき、共通する問いが浮かぶ。「外から人を呼ぶ」のではなく、「呼ばれた人がここで根を張れる仕組みがあるのか」。仕掛けの派手さより、その裏にある段取りと構造を読みたい。
—
広島大学の中にできた「外国」——アイダホ大学広島キャンパス
2023年10月、広島大学東広島キャンパスの一角に、アイダホ大学の日本校が開校した。正式名称は「University of Idaho Hiroshima Campus」。日本の大学構内に米国州立大学のキャンパスが入るという形式自体が、まず珍しい。
カリキュラムは2年間。半導体の設計・製造プロセスを英語で学び、修了後はアイダホ大学本校への編入が可能になる。初年度の受け入れ規模は約30名と小さい。だが注目すべきは規模ではなく、このキャンパスが置かれた「場所の意味」だろう。
広島大学にはナノデバイス・バイオ融合科学研究所があり、マイクロンメモリジャパンの広島工場は東広島市内に立地する。TSMCの熊本進出で九州が半導体の地理的中心として語られがちだが、広島もまた国内有数のメモリ製造拠点である。マイクロンは2023年に最大3,600億円規模の広島工場への投資計画を公表しており、次世代DRAMの量産ラインが動き始めれば、現場で即戦力となるエンジニアの需要は確実に膨らむ。
アイダホ大学広島キャンパスの設計思想は、その需要と供給を「同じ街の中で閉じる」ことにある。学ぶ場所と働く場所が徒歩圏——とまでは言わないが、同じ市内にある。大学と工場の距離が短いほど、インターンも共同研究も摩擦が減る。人を呼ぶ前に、呼んだ人が動きやすい地理的構造をつくる。これは仕掛けというより、仕組みだ。
年間30名という数字を「少ない」と見るか、「最初の30名が回路を通す」と見るか。半導体産業の国内市場規模は2022年時点で約5兆円、政府は2030年に売上高トリプル(15兆円)を掲げている。人材不足は業界全体の共通課題であり、経済産業省の試算では今後10年間で数万人規模の専門人材が不足するとされる。30名は確かに小さい。しかし仕組みが回れば、数は後からついてくる。最初に必要なのは「ここで学べば、ここで働ける」という一本の線を引くことだ。
—
75%という数字の重さ——部品メーカーが切り替える先
東広島市を含む広島県の製造業は、マツダを頂点とするピラミッド構造の中で回ってきた。部品メーカーにとって、マツダ向け売上比率75%という数字は安定であると同時に、依存でもある。マツダの販売台数が伸びれば潤い、停滞すれば一緒に沈む。その構造を「このままでいいのか」と問い直す動きが、いま地場の部品メーカーの中で起きている。
具体的に進んでいるのは、樹脂成形技術を軸にした顧客基盤の多角化だ。軽量化ニーズが高まる自動車業界全体を見渡し、マツダ以外の完成車メーカー——たとえばトヨタ系の高級ブランドであるレクサスや、EV専業メーカーへの供給を目指す企業が出てきている。樹脂部品は金属部品に比べて軽く、EV時代には航続距離を左右する要素になる。技術そのものは以前からあった。変わったのは「誰に売るか」という意思決定の部分だ。
ここで少し立ち止まりたい。マツダ依存からの脱却という言葉は勇ましく聞こえるが、実態はもっと地味で繊細な話だ。マツダとの取引を減らすわけではない。マツダ向け75%を維持しつつ、残り25%の中身を入れ替え、新規顧客の比率を徐々に上げていく。全体のパイを大きくすることで、結果としてマツダ比率が相対的に下がる——そういう設計だ。既存の関係を壊さず、新しい柱を横に立てる。派手さはないが、地域の雇用を抱えた企業が選べる現実的な道はこれしかない。
この動きが東広島の「人を集める仕掛け」とどうつながるか。答えは単純で、新しい顧客を開拓するには新しい技術者がいる。金型設計、樹脂流動解析、品質保証——いずれも専門性の高い職種だ。地元の広島大学や近畿大学工学部(東広島キャンパス)から人材を採用してきた従来のルートに加え、県外・海外からのエンジニア採用が視野に入る。工場が変われば、人の流れも変わる。
—
教室の境界線を消す——県立高校11校の全国募集
三つ目の仕掛けは、最も地味に見えて、最も長い時間軸で効いてくる。
広島県教育委員会は、2027年春の入学者選抜から県立高校11校で全国募集を実施すると発表した。対象校には普通科だけでなく、農業・工業・商業などの専門学科を持つ学校も含まれる。全国募集の先行事例としては島根県立隠岐島前高校が知られるが、11校を同時に動かすのは規模として大きい。
制度の骨格はこうだ。県外からの入学者には寮や下宿先の情報提供を行い、地域住民との交流プログラムを組み合わせる。単に「来てください」ではなく、「来た後の生活をどう支えるか」まで設計に含めている点が肝になる。
ここで注目したいのは、この施策が東広島市だけの話ではないということだ。11校は県内各地に分散している。しかし東広島市にとっては、広島大学とアイダホ大学キャンパスという高等教育の受け皿がすでにある状態で、その手前の「高校」という入口が全国に開かれることの意味は大きい。高校で東広島に来た生徒が、広島大学に進学し、マイクロンや地場の部品メーカーに就職する——という動線が、制度の上では一本につながる。
「動線が一本につながる」と書いたが、現実にそうなるかどうかは別の話だ。高校生が3年間暮らした土地に愛着を持つかどうかは、カリキュラムではなく日常の手触りで決まる。部活の帰りに寄るコンビニ、祭りの手伝い、地元の大人との何気ない会話——そういう小さな接点の積み重ねが、定着の回路をつくる。仕組みは用意できても、温度は設計できない。だからこそ、受け入れる側の地域コミュニティの厚みが問われる。
—
三つの仕掛けを「誰を楽にするか」で読み直す
半導体キャンパスは、半導体企業の採用担当者を楽にする。学ぶ場所と働く場所が近ければ、マッチングのコストが下がる。
部品メーカーの多角化は、一社依存のリスクに怯えてきた経営者と従業員を楽にする。顧客が増えれば、景気の波を一社分だけ受けずに済む。
高校の全国募集は、地元に選択肢が少ないと感じていた中学生と保護者を楽にする。同時に、生徒数の減少に直面する地方の高校を楽にする。
どの仕掛けも、特定の誰かの「困りごと」に対応している。そしてその困りごとは、東広島だけのものではなく、日本中の地方都市が抱える構造的な課題と重なっている。人口減少、産業の一極依存、教育機会の地域格差——。東広島が特別なのは、課題の種類ではなく、三つの仕掛けが「同じ街の中で同時に動いている」という偶然と必然の重なりにある。
—
仕組みは揃った。問われるのは「つなぎ目」
仕掛けが三つ並んだとき、次に見るべきは「つなぎ目」だ。
アイダホ大学キャンパスの卒業生が地場の部品メーカーに就職する道はあるか。全国募集で来た高校生が半導体に興味を持ったとき、広島大学の関連学科への接続は設計されているか。部品メーカーが新規顧客を獲得したとき、その技術を学べる場は地域内にあるか。
個々の仕掛けは動き始めている。しかし仕掛けと仕掛けの間をつなぐ配線は、まだ見えていない部分が多い。大学、企業、高校——それぞれの運営主体が異なる以上、つなぎ目は自然にはできない。誰かが意図して設計する必要がある。東広島市、広島県、広島大学、地元経済団体——どの主体がその「配線役」を担うのか。ここに今後の最大の注目点がある。
インフラの課題も残る。県外から高校生を受け入れる寮の整備、海外からの大学生・エンジニアが暮らせる住環境、工場増設に伴う交通網の再設計。仕組みの裏側にある、地味で具体的な段取りの積み重ねが、仕掛けの成否を分ける。
東広島という街は、広島市の隣にありながら独自の産業集積を持ち、大学を核にした学術都市としての顔も持つ。人口は約19万人。急激に膨張する街ではない。だからこそ、外から来た人が「ここにいていいんだ」と思える余白と温度が、仕組みの外側に必要になる。
三つの仕掛けは、どれも「ここに来れば、次がある」という約束を含んでいる。その約束が言葉だけで終わるか、日常の中で実感に変わるか——それは、仕組みをつくった人ではなく、仕組みの中で暮らす人たちが決めることだ。
—
JA
EN