しまなみ海道が40時間止まり、百島丸が引退し、呉線が止まった——瀬戸内の「島と陸」をつなぐ糸の細さについて

橋が止まり、船が消え、線路が沈黙した夏 6月末のある週末、瀬戸内海をまたぐ交通の「糸」が、ほぼ同時に3本切れた。 しまなみ海道——約40時間の通行止め。呉線——三原〜広駅間の終日運転見合わせ。そして、尾道と百島を74年間つないできた木造

By Rei

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橋が止まり、船が消え、線路が沈黙した夏

6月末のある週末、瀬戸内海をまたぐ交通の「糸」が、ほぼ同時に3本切れた。

しまなみ海道——約40時間の通行止め。呉線——三原〜広駅間の終日運転見合わせ。そして、尾道と百島を74年間つないできた木造船「百島丸」の引退。大雨という自然現象と、老朽化という時間の蓄積。原因はそれぞれ違う。けれど、3つの断絶が重なったとき浮かび上がったのは、瀬戸内の島々と本土をつなぐ仕組みが——思っていたよりずっと細い糸で成り立っていた、という事実だった。

これは誰かの怠慢の話ではない。むしろ、細い糸を何十年も切らさずに維持してきた人たちの話であり、その維持がいま限界に近づいているという構造の話だ。

40時間の空白——しまなみ海道が止まるということ

6月末、記録的な大雨が広島県・愛媛県一帯を襲い、しまなみ海道(西瀬戸自動車道)は全線通行止めとなった。復旧までおよそ40時間。数字だけ見れば「2日弱」だが、その間に起きたことの重さは、時間では測れない。

しまなみ海道は全長約60km、6つの島を7つの橋で結ぶ。1日あたりの交通量は約1万2,000台(2023年度・本四高速公表値)。年間の利用者数は自動車・自転車・徒歩を合わせて推計200万人を超え、沿線の観光消費額は広島県側だけでも年間数百億円規模とされる。橋が止まれば、その経済が丸ごと止まる。

だが、より深刻なのは観光経済の損失ではない。橋の上を走る車の中には、島の診療所へ向かう医療従事者がいる。島から本土の高校へ通う生徒がいる。週に数回、本土のスーパーへ買い出しに行く高齢者がいる。40時間の通行止めは、そうした日常の「当たり前」が一瞬で消えることを意味する。

代替手段はあるにはある。因島や生口島からはフェリーが出ている。しかし便数は限られ、大雨時には船便自体が欠航になることも珍しくない。つまり、橋が止まったときの「次の糸」は、同じ天候条件で同時に切れる可能性が高い。冗長性のない交通網——それが瀬戸内の島嶼部の現実だ。

百島丸、74年の航跡が途切れるとき

しまなみ海道の通行止めが「一時的な断絶」だとすれば、百島丸の引退は「恒久的な断絶」に近い。

百島丸は1950年に就航した木造の旅客船で、尾道市の沖合約5kmに浮かぶ百島(人口約350人)と本土を結んできた。74年間、島民の足であり、荷物の運び手であり、島の時間そのものだった。

木造船ならではの小回りの良さは、百島の小さな桟橋に直接着岸できるという実用性に直結していた。フェリーでは入れない浅い水域にも対応でき、ちょっとした荷物——農作物や日用品——を柔軟に積み替えることができた。百島丸の船長が島民の顔と名前を覚えていて、「今日はおばあちゃん乗らんね」と気にかける——そういう距離感の交通手段だった。

引退の理由は老朽化だ。木造船の維持には専門の技術と費用がかかる。船大工の高齢化、木材の調達難、安全基準の厳格化。どれか一つが原因ではなく、すべてが少しずつ重なって、「もう続けられない」という判断に至った。

後継はフェリーが担う。輸送能力は上がる。だが、フェリーは大きい。大きいということは、小さな桟橋には着けないということだ。運航ダイヤも百島丸のような柔軟性は持ちにくい。島民——特に高齢者にとっては、乗船までの移動距離が増え、待ち時間が長くなり、「ちょっと本土へ」という気軽さが失われる。

交通手段が変わるとは、移動の「質」が変わるということだ。所要時間や運賃の数字には表れない、暮らしの手触りが変わる。

呉線の沈黙——繰り返される「止まる鉄道」

同じ時期、JR呉線も大雨で三原〜広駅間が終日運転見合わせとなった。呉線は広島市と三原市を瀬戸内海沿いに結ぶ全長87kmの路線で、沿線には呉市(人口約20万人)をはじめ、島嶼部へのフェリー乗り場がいくつも点在する。鉄道が止まれば、フェリー乗り場にたどり着けない。つまり、鉄道の運休は島への交通断絶の「一段目」になりうる。

呉線が大雨で止まるのは、今回が初めてではない。2018年の西日本豪雨では、呉線は約4ヶ月にわたって一部区間が不通となった。土砂崩れや路盤流出が複数箇所で発生し、復旧費用は数十億円規模に上った。JR西日本はその後、斜面の補強工事や排水設備の改良を進めてきたが、気候変動に伴う豪雨の頻度と強度の増加は、インフラの改修速度を上回りつつある。

呉線の1日あたりの輸送人員は約2万人(2022年度)。ローカル線としては決して少なくない。しかし、JR西日本が2022年に公表した「線区別収支」では、呉線の一部区間は営業係数(100円の収入を得るためにかかる費用)が200を超えていた。つまり、走れば走るほど赤字になる。それでも走らせているのは、沿線住民の生活と島嶼部へのアクセスを支える公共的な役割があるからだ。

だが、「公共的な役割」は、赤字を永遠に正当化する理由にはならない。いつか——それは遠い未来ではなく——「維持か、廃止か」という議論が本格化する可能性がある。そのとき、島嶼部への「糸」はさらに細くなる。

3つの断絶が映し出す構造——「冗長性なき交通網」の限界

橋、船、鉄道。3つの交通手段はそれぞれ独立した存在に見える。管理主体も違う。しまなみ海道は本四高速道路、百島丸は民間の船舶事業者、呉線はJR西日本。だが、利用者の側から見れば、これらは一つの「移動の連鎖」を構成している。

島に暮らす人が本土の病院に行くとき、まずフェリーに乗り、港から鉄道に乗り換え、場合によっては橋を渡るバスに乗る。この連鎖のどこか一箇所が切れれば、移動は成立しない。そして、瀬戸内の交通網には、この連鎖が切れたときの「バックアップ」がほとんど存在しない。

都市部であれば、鉄道が止まればバスがある。バスが止まればタクシーがある。複数の路線が並行して走り、一つが止まっても別のルートで目的地にたどり着ける。この「冗長性」こそが、都市の交通を強くしている。

島嶼部にはそれがない。橋は一本。船は一航路。鉄道は一路線。すべてが「唯一の糸」であり、切れたら終わりだ。そしてその糸は、大雨で切れ、老朽化で切れ、赤字で切れる。原因は違えど、結果は同じ——孤立。

これは誰を楽にするための問いか

「代替手段の整備が急務だ」と言うのは簡単だ。だが、問うべきはもう少し手前にある。

——この交通網は、誰の暮らしを支えているのか。

瀬戸内海には約700の有人島があるとされ(国土交通省調べ)、その多くで高齢化率は50%を超える。島に残った人たちの暮らしは、週に数便の船と、本土側の鉄道やバスの接続によって、かろうじて成り立っている。百島丸の船長が「おばあちゃん乗らんね」と気にかけていたように、交通とは単なる移動手段ではなく、見守りの仕組みでもあった。

仕組みが消えるとき、消えるのは移動手段だけではない。「誰かが気にかけてくれている」という安心感——それが静かに失われていく。

具体的に何ができるか。いくつかの動きはすでにある。国土交通省は2023年度から「離島振興法」の改正を受け、離島航路の維持に対する補助金を拡充した。広島県は災害時の代替輸送として、海上タクシーや小型船舶の活用を検討する協議会を設置している。デマンド交通やオンライン診療といったテクノロジーの導入も、島嶼部では少しずつ進んでいる。

だが、これらはいずれも「糸が切れた後」の対処だ。本当に必要なのは、糸が切れる前に——切れかけていることに気づく仕組みだろう。百島丸の老朽化は何年も前からわかっていた。呉線の赤字も公表されていた。しまなみ海道の通行止めリスクも、気象データから予測可能だった。情報はあった。足りなかったのは、それらを「一つの問題」として見る視点だ。

橋と船と鉄道を、別々の管理主体の別々の課題として扱う限り、構造は変わらない。利用者の動線——島から本土へ、本土から島へ——を一本の線として捉え、その線のどこが細くなっているかを常に可視化する。そういう仕組みが、瀬戸内には要る。

糸の先にいる人の顔

百島丸が最後の航海を終えた日、桟橋には島民が集まっていたという。74年間、毎日のように乗り降りしていた船が、もう来ない。その光景を想像するとき、交通政策の議論は少し違った温度を帯びる。

しまなみ海道の40時間は、数字としては復旧した。呉線も運転を再開した。だが、百島丸は戻らない。そして、次に大雨が来れば、橋はまた止まり、線路はまた沈黙する。

瀬戸内の糸は細い。だが、その糸の先には、確かに人が暮らしている。糸を太くするのか、本数を増やすのか、あるいは糸がなくても暮らせる仕組みをつくるのか——答えは一つではないだろう。ただ、問いを立てる順番だけは間違えたくない。

最初に見るべきは、糸の先にいる人の顔だ。

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