船を壊す現場、船に融資する銀行——呉の火災が照らす「解体と建造」の表裏

船を壊す現場、船に融資する銀行——呉の火災が照らす「解体と建造」の表裏 呉市音戸町の海沿いで、廃船解体現場から黒煙が立ち上った。356世帯に避難指示——その数字が意味するのは、船を壊す作業が、もはや港の片隅の出来事では済まないということだ

By Rei

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船を壊す現場、船に融資する銀行——呉の火災が照らす「解体と建造」の表裏

呉市音戸町の海沿いで、廃船解体現場から黒煙が立ち上った。356世帯に避難指示——その数字が意味するのは、船を壊す作業が、もはや港の片隅の出来事では済まないということだ。同じ週、広島銀行は船舶融資残高を前年比4割増の1兆3000億円規模に引き上げると報じられた。船を造るための資金が膨らむ街で、船を壊す現場が燃えている。この二つの出来事は偶然同じ時期に重なっただけかもしれない。しかし、呉という街の構造を知る者にとっては、偶然と片づけるには少し近すぎる距離にある。

燃えたのは「出口」だった

火災は午後1時前に通報された。呉市音戸町渡子地区の廃船解体現場から出火し、廃船や廃材に延焼、係留中の船舶にも火が移った。消火活動は5時間以上に及び、大量の黒煙が住宅地にまで流れた。356世帯に避難指示が出されたという事実は、解体現場と生活圏の物理的な近さをそのまま示している。

火災原因は調査中であり、現時点で断定できることは限られる。ただ、構造的に見れば、廃船解体現場には可燃性の塗料、油脂類、FRP(繊維強化プラスチック)といった素材が集積している。これらは船舶の構造上不可避な素材であり、解体工程で分離・処理される過程で火災リスクが高まることは、業界では以前から指摘されてきた。

ここで少し立ち止まりたいのは、「廃船解体」という作業が造船業の中でどこに位置づけられるか、という点だ。船には寿命がある。一般的な商船で25〜30年、小型船舶ではそれより短い場合もある。寿命を迎えた船は、どこかで解体されなければならない。つまり廃船解体は、造船サイクルの「出口」にあたる。入口で船が造られ、海を走り、やがて出口で壊される——その出口が燃えた、というのが今回の火災の構造的な意味だ。

国土交通省の資料によれば、日本国内のFRP船の廃船処理は年間数千隻規模とされるが、適正処理の体制は十分とは言いがたい。処理費用は1隻あたり数十万円から、大型のものでは百万円を超えるケースもある。費用負担の重さから不法投棄や放置艇の問題も根深く、解体を引き受ける事業者の存在自体が、地域にとっては一種のインフラとして機能してきた。今回の火災は、そのインフラの脆さを照らし出したとも言える。

融資1兆3000億円——「入口」に流れ込む資金

一方の広島銀行の動きは、造船サイクルの「入口」側の話だ。船舶融資残高を前年比約4割増の1兆3000億円規模に拡大するという方針は、地方銀行としては異例の規模感を持つ。背景には、国際海事機関(IMO)による環境規制の段階的強化がある。2023年以降、既存船舶のエネルギー効率指標(EEXI)や炭素強度指標(CII)への適合が求められるようになり、旧型船舶の代替需要が世界的に高まっている。

広島銀行は専門人材の育成やAI活用による審査効率化を打ち出しており、単なる融資額の拡大ではなく、船舶金融という専門領域での競争力強化を図っている。呉市を含む瀬戸内海沿岸は、日本の造船業の集積地であり、今治造船、常石造船など大手から中小の造船所まで、この地域の金融機関と造船業の結びつきは深い。融資が増えるということは、新しい船が造られるということであり、それはやがて——20年後、30年後に——新たな廃船を生むということでもある。

この時間差を意識する人は、融資の現場にも解体の現場にも、おそらく少ない。だが、呉という街はその両方を同じ港湾の中に抱えている。船を造る資金が流れ込む入口と、船を壊す作業が行われる出口が、地理的にも産業構造的にも隣り合っている。その近さこそが、呉の造船業の厚みであり、同時に今回の火災が突きつけた問いでもある。

「出口」を誰が支えるのか

造船業の議論は、しばしば「入口」——新造船の受注、技術革新、融資——に集中する。それは当然のことで、経済的なインパクトが大きく、雇用を生み、数字として見えやすい。1兆3000億円という融資額は、ニュースとしての華がある。

しかし、「出口」の話はそうはいかない。廃船解体は、利益率が低く、環境リスクを伴い、担い手の高齢化も進んでいる。国際的に見れば、船舶解体の多くはバングラデシュ、インド、パキスタンなどの南アジア諸国で行われており、労働環境や環境汚染が長年問題視されてきた。2009年に採択された「シップリサイクル条約(香港条約)」は、船舶解体の安全・環境基準を定めたものだが、発効は2025年6月と、採択から16年を要した。日本は2019年に締結済みだが、国内の解体現場にこの条約の精神がどこまで浸透しているかは、また別の話だ。

今回の火災で問われるべきは、個別の現場の管理体制だけではない。「船を壊す」という工程を、産業のサイクルの中でどう位置づけ、誰がコストを負担し、どのような安全基準で運用するのか——その仕組みの設計そのものが問われている。融資1兆3000億円の中に、将来の解体コストは織り込まれているだろうか。新造船の設計段階で、解体しやすい構造が考慮されているだろうか。入口の華やかさと出口の地味さの落差は、そのまま仕組みの不在を映している。

呉という街が抱える入れ子構造

呉市は、旧海軍工廠の時代から船とともに歩んできた街だ。戦艦大和を建造した歴史を持ち、戦後はIHI(旧石川島播磨重工業)やジャパン マリンユナイテッドなどの造船所が操業を続けてきた。大和ミュージアムには年間100万人近い来場者が訪れ、「船を造る街」というアイデンティティは観光資源にもなっている。

だが、船を造る街は、同時に船を壊す街でもある。音戸町は呉市の南端、倉橋島との間の音戸の瀬戸に面した地区で、古くから造船・修繕・解体が入り混じる港町だ。大型造船所のある中心部から少し離れた入江に、解体現場はひっそりと存在している。華やかな「建造」の物語と、地味な「解体」の現実が、同じ市域の中で入れ子のように重なっている。

この構造は、呉に限った話ではない。日本の造船業全体、さらには製造業全般に通じる問いだ。ものを造ることには投資が集まり、技術が磨かれ、人が育つ。だが、ものを壊すこと——廃棄、解体、リサイクル——には、同じだけの注意と資源が注がれてきただろうか。

今後の注目点

今回の火災については、まず原因の究明と再発防止策の策定が最優先となる。356世帯への避難指示という規模を考えれば、解体現場の立地や安全基準の見直しが議論される可能性は高い。

同時に、広島銀行の船舶融資拡大がこの地域の造船業にどのような変化をもたらすのか——新造船の受注増、雇用への波及、そして将来的な廃船処理への影響——を中長期で追う必要がある。シップリサイクル条約の発効を控え、国内の解体事業者に求められる基準も変わっていく。

造船のサイクルは長い。今日融資された船が解体される日は、20年以上先かもしれない。だが、その「先」を今のうちに設計できるかどうかが、呉という街の次の姿を決める。

船を造る資金と、船を壊す現場——その両方を抱えたまま走り続ける街に、いま必要なのは、入口と出口をつなぐ仕組みの話だ。

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