マイクロン1.5兆円×バス運転手90人確保×新バス路線——「工場が来る街」の足は誰が回すのか
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1日7500人を運ぶ足が、まだない
半導体の製造拠点が来る——そう聞けば、多くの人は工場の規模や経済波及効果に目を向ける。だが、ここで立ち止まって考えたいのは別のことだ。その工場に毎日通う7500人は、どうやってそこへたどり着くのか。
アメリカの半導体大手マイクロン・テクノロジーが広島県東広島市に進める最先端DRAM工場の増設投資は、総額約1兆5000億円。日本政府の最大1920億円の補助金も後押しし、EUV(極端紫外線)露光技術を用いた次世代メモリの量産拠点として、2025年以降の本格稼働を見据える。雇用創出効果は直接・間接を合わせて数千人規模とされ、地域経済への期待は大きい。
しかし、工場が動くということは、人が動くということだ。1日最大7500人の従業員送迎——この数字の裏側に、いま静かに、しかし確実に迫っている課題がある。送迎を担う芸陽バスが新たに確保しなければならない運転手は、60人から90人。全国のバス事業者が運転手不足に苦しむなかで、この数字は決して小さくない。
同じ広島県内では、広島市のデルタ南部エリアで小型バスの実証運行が始まった。西広島駅から御幸橋間を結ぶこの路線は、沿線の高校や病院をつなぐ生活路線だ。巨大工場の送迎バスと、まちなかの小さなバス。規模はまるで違う。けれど、どちらも「足を回す人」がいなければ走らない——そこに、同じ構造の問題が横たわっている。
90人の運転手をどこから連れてくるのか
マイクロンの新工場が立地する東広島市は、広島大学の統合移転(1982年〜1995年)を契機に発展してきた学園都市だ。人口は約19万人。JR山陽本線の西条駅を中心に住宅地が広がるが、工場が建設される地区への公共交通は限られている。自家用車が移動の主軸であり、工場規模の拡大は周辺道路の渋滞悪化に直結する。だからこそ、大量輸送が可能なバスによる送迎体制の構築が不可欠になる。
芸陽バスが目指す60〜90人の運転手確保。この数字の重みを理解するには、業界全体の状況を見る必要がある。国土交通省の資料によれば、バス運転手の有効求人倍率は全職種平均を大きく上回り、慢性的な人手不足が続く。2024年問題——トラックやバスの運転手に時間外労働の上限規制が適用されたことで、1人あたりの稼働時間は短くなり、同じ路線を維持するにもより多くの人員が必要になった。
つまり、芸陽バスは「全国で運転手が足りない」という潮流のなかで、短期間に数十人規模の採用を実現しなければならない。待遇改善は当然の前提として、住居の手当て、家族の生活環境、研修体制——人を一人呼ぶために必要な「周辺の仕組み」まで整えられるかどうかが問われる。工場の建設スケジュールは待ってくれない。建物ができても、足がなければ人は来られない。
もうひとつ見落とせないのは、既存路線への影響だ。芸陽バスは東広島市内の生活路線も担っている。新規採用した運転手を送迎専属に充てるのか、それとも既存路線との兼務になるのか。仮に送迎需要が既存路線の運転手を吸い上げる形になれば、地域住民の日常の足が細くなる。工場のために街の足が削られる——そんな構図は、誰も望んでいないはずだ。
小型バスが走り始めた広島市デルタ南部
視点を広島市内に移す。2024年10月1日、デルタ南部エリアで小型バスの実証運行が始まった。西広島駅から御幸橋間を結ぶこの路線は、大型バスでは採算が合わない区間に、小型車両を投入することで成立させようとする試みだ。
沿線には高校や病院がある。朝の通学、日中の通院——利用者の顔が見える路線だ。大規模な送迎バスのように「1日7500人」という数字は出てこない。けれど、その一便がなくなれば通えなくなる生徒がいる。通院を諦める高齢者が出る。生活路線とは、そういう性質のものだ。
小型車両の導入は、運転手1人あたりの負荷を変える可能性がある。大型二種免許がなくても運転できる車両区分であれば、担い手の裾野が広がる。ただし、実証運行はあくまで実証だ。利用者数が一定の基準を下回れば、本格運行には移行しない。路線の存続は、住民が「乗る」という行動で支えるしかない。
ここに、東広島の送迎バスとの対比が浮かぶ。マイクロンの送迎は、企業の投資と需要が運行を支える。原資は明確で、乗る人も確定している。一方、生活路線は公的補助と住民の利用実績で成り立つ。原資は不安定で、乗る人は日によって変わる。同じ「バスを走らせる」という行為でも、支える仕組みの構造がまるで違う。
「足を回す仕組み」は誰が設計するのか
二つの事象を並べてみると、共通する問いが見えてくる。
東広島では、巨大な需要が先に確定し、それに合わせて供給(運転手・車両・路線)を急いで組み立てている。広島市デルタ南部では、潜在的な需要があるかどうかを確かめるために、まず供給(実証路線)を走らせている。方向は逆だが、どちらも「足を回す仕組み」を一から設計しようとしている点では同じだ。
そして、どちらの設計にも「運転手」という人間がボトルネックになっている。
この構造は、東広島と広島市だけの話ではない。半導体工場の誘致はTSMCの熊本進出(菊陽町)でも同様の交通課題を生んでおり、工場周辺の渋滞や公共交通の逼迫が報じられている。ラピダスが進出する北海道千歳市でも、将来的に同じ問題が顕在化する可能性がある。国策として半導体工場を誘致するなら、「工場の足」もまた国策の射程に入れるべきではないか。
工場誘致の経済効果は数字で語られやすい。投資額1.5兆円、補助金1920億円、雇用数千人。しかし、その数千人が毎朝バスに乗るとき、ハンドルを握る人がいなければ数字は動かない。待遇改善、免許取得支援、自動運転技術の導入検討——手段は複数あるが、いずれも「誰が費用を負担し、誰が制度を整え、誰が現場で回すのか」という役割分担の設計が先に必要だ。
足元の一便が、街の形を決める
工場が来ることで街は変わる。税収が増え、商業施設ができ、人口が流入する。それは確かに大きな変化だ。けれど、その変化が地域に根づくかどうかは、もっと地味なところで決まる。
朝7時のバスが時刻通りに来るかどうか。夜勤明けの従業員を乗せる深夜便が維持されるかどうか。高校生が部活の後に乗れる最終便があるかどうか。
東広島のマイクロン送迎バスと、広島市デルタ南部の小型バス。この二つは、規模も目的も資金構造も異なる。しかし、どちらも「人が暮らし、働き、通う」という営みの土台であることに変わりはない。
1.5兆円の投資が注目を集めるなか、その足元で静かに問われているのは、60人から90人の運転手の暮らしと、一日数便の小さなバス路線の存続だ。巨大な経済の歯車を回すのも、日常の暮らしを支えるのも、結局は同じハンドルを握る手にかかっている。
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