PFAS、カキ大量死、砂防設計ミス——「水」が壊れるとき、瀬戸内の暮らしはどこから崩れるか

地下水が飲めなくなる。海で育つカキが死ぬ。川を守るはずの砂防堰堤が、設計ミスで取り壊される——。 瀬戸内海を囲む地域で、「水」にまつわる異変が三つの層で同時に進行している。地下水、海水、河川水。それぞれ別の現場で、別の原因で起きた出来事だ

By Rei

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地下水が飲めなくなる。海で育つカキが死ぬ。川を守るはずの砂防堰堤が、設計ミスで取り壊される——。

瀬戸内海を囲む地域で、「水」にまつわる異変が三つの層で同時に進行している。地下水、海水、河川水。それぞれ別の現場で、別の原因で起きた出来事だが、ひとつの問いに収束する。水の信頼が揺らいだとき、暮らしのどこから先に壊れるのか。

注意すべきは、これらが「大災害」として報じられる類いの話ではないことだ。蛇口をひねる、牡蠣を剥く、川沿いの道を歩く——日常のなかに静かに入り込む異変だからこそ、見えにくい。見えにくいまま、住民のコストと不安だけが積み上がっていく。

地下水——PFAS汚染が突きつける「水道未通」の現実

広島市安佐南区上安地区。住宅地の地下水から、PFAS(有機フッ素化合物)が国の暫定指針値(PFOS・PFOAの合算で1リットルあたり50ナノグラム)を上回る濃度で検出された。広島市の調査では13地点で汚染が確認されており、市内で最大規模のPFAS汚染事案とされている。

ここで構造的な問題が浮かぶ。上安地区には、そもそも上水道が通っていないエリアがある。地下水に頼って暮らしてきた住民にとって、「その水が飲めない」という事実は、蛇口の向こう側にある生活基盤そのものが消えることを意味する。

代替手段はあるのか。水道本管の延伸には数千万円規模の費用がかかるとされ、その負担を誰が担うのかという議論は始まったばかりだ。仮に住民負担となれば、一世帯あたりの金額は小さくない。浄水器の設置という選択肢もあるが、PFASを除去できる活性炭フィルターの維持管理にも継続的なコストがかかる。

加えて、健康リスクの問題がある。PFASは体内に蓄積しやすく、長期的な曝露によるがんリスクや免疫機能への影響が国際的に指摘されている。ただし、現時点で上安地区の住民に具体的な健康被害が報告されているわけではない。事実と推測は分けなければならない。しかし、「被害が出ていないから安全」とも言えない——その不確実性のなかに、住民は置かれている。

この問題の本質は、汚染そのものだけではない。水道が届いていない地域で地下水が汚染されたとき、住民を守る仕組みがそもそも存在するのかという問いだ。都市部であれば水道管の切り替えで対応できる。だが、水道未通のまま地下水に依存してきた地域では、汚染が発覚した瞬間に「代わり」がない。インフラの空白地帯が、環境リスクによって可視化された形だ。

海水——カキ大量死、原因不明のまま続く不安

広島県は全国の生産量の約6割を占めるカキの一大産地である。その広島で、養殖カキの大量死が報告された。

県の調査では、大量死に直結する明確な原因——特定の病原体や急激な水質変化——は確認されていない。「兆候は見られなかった」という調査結果は、裏を返せば、なぜ死んだのかがわからないということだ。

カキは水質の変化に極めて敏感な生物として知られる。一日に約200リットルの海水を濾過するとされ、海の状態をそのまま体内に取り込む。水温の上昇、塩分濃度の変化、栄養塩のバランス、微量化学物質——複合的な要因が重なっている可能性は否定できないが、断定もできない。

ここで一つ、事実と推測の境界を明確にしておきたい。PFAS汚染とカキの大量死を直接結びつける科学的根拠は、現時点では示されていない。地下水のPFAS汚染が河川を経由して海域に影響を及ぼすシナリオは理論上あり得るが、それを裏付けるデータはまだない。安易に因果関係を描くことは避けるべきだ。

しかし、養殖業者が感じている不安は、因果関係の有無とは別の次元にある。ある業者は「原因がわからないのが一番怖い。対策の打ちようがない」と語る。原因不明のまま次のシーズンを迎えることへの恐れ——それは、海という「仕組み」への信頼が揺らいでいることの表れだ。

広島のカキ養殖は年間生産額で約200億円規模の産業であり、加工・流通・飲食を含めた裾野は広い。大量死が常態化すれば、個々の養殖業者の経営だけでなく、地域経済の構造そのものに影響が及ぶ。

河川水——砂防堰堤の設計ミスが問うもの

三つ目の「水」は、川だ。

広島県が発注した三次市の日南川砂防堰堤工事で、設計ミスが発覚した。県の基準を満たしていないことが判明し、完成した構造物の取り壊しと再整備が決定されている。

砂防堰堤は、土石流や土砂災害から下流の集落を守るためのインフラだ。2018年の西日本豪雨で広島県は甚大な土砂災害を経験しており、砂防事業は住民の命に直結する公共事業として位置づけられている。その設計にミスがあったという事実は、技術的な問題であると同時に、公共事業の品質管理体制そのものへの問いでもある。

取り壊しと再整備にかかるコストは、当然ながら公費——つまり税金から賄われる。具体的な金額は公表されていないが、砂防堰堤の建設費用は一般的に数千万円から数億円規模であり、取り壊し費用を含めれば、当初予算を大幅に超過することは避けられない。

ここで問われるべきは、「誰がミスをしたか」という責任追及だけではない。設計から施工、検査に至るプロセスのどこでチェックが機能しなかったのか——仕組みの問題として捉える必要がある。表面的な検査だけで「確認した」とされていなかったか。複数の目が入る体制になっていたか。再発防止策が仕組みとして実装されなければ、同じことは繰り返される。

住民にとっては、「守られているはずの場所が、実は守られていなかった」という事実が残る。それは、次の大雨のたびに不安として蘇る。

三つの「水」が映す共通構造

地下水のPFAS汚染、海水域でのカキ大量死、河川の砂防設計ミス。三つの出来事は、それぞれ異なる水系で、異なる原因によって起きている。しかし、その構造には共通するものがある。

第一に、日常の信頼が静かに損なわれていること。 蛇口の水、食卓のカキ、川沿いの安全——どれも「当たり前」として意識されないからこそ、それが揺らいだとき、住民は何を頼りにすればいいのかわからなくなる。

第二に、コストの担い手が曖昧なこと。 水道延伸の費用、養殖業者の損失補填、砂防堰堤の再整備費用——いずれも「誰が払うのか」という問いに明確な答えが出ていない。結果として、住民か納税者か、あるいはその両方が負担を引き受けることになる。

第三に、仕組みの不在あるいは機能不全が露呈していること。 水道未通地域の汚染対応、原因不明の大量死に対する調査体制、公共工事の品質管理——いずれも、問題が起きてから「仕組みがなかった」ことが見えてくる。

これらは、派手な災害ではない。だからこそ、全国ニュースにはなりにくい。しかし、地域で暮らす人々にとっては、毎日の水を、食を、安全を支える土台が少しずつ傾いていく感覚そのものだ。

これは誰を楽にするための問いか

環境問題を論じるとき、「私たちは何をすべきか」という問いが立てられがちだ。しかし、まず問うべきは、今この瞬間、誰が困っているのかということだろう。

地下水が飲めなくなった上安地区の住民。原因不明のまま次のシーズンに向き合うカキ養殖業者。砂防堰堤が基準を満たしていなかった事実を知った三次市の住民。

彼らを楽にする仕組みは、まだない。あるいは、あったはずの仕組みが機能していなかった。

水は、壊れるとき音を立てない。蛇口から出る水の色は変わらないし、海は昨日と同じ青さで光る。だからこそ、数値を追い、現場の声を拾い、仕組みの穴を記録し続ける作業が要る。

瀬戸内の水が静かに変わり始めている。その変化の先に誰が立っているのかを、私たちは見落とさずにいたい。

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