DV被害者の住所が加害者に届いた——岩国市の「仮登録忘れ」が暴く、人を守る仕組みの脆さ

一つの「仮登録忘れ」が、逃げた先の住所を加害者に届けた 山口県岩国市で、DV被害者の戸籍附票が加害者側に交付された。戸籍附票には住所の履歴が記録されている——つまり、被害者が命がけで隠した「逃げた先」が、そのまま加害者の手に渡ったというこ

By Rei

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一つの「仮登録忘れ」が、逃げた先の住所を加害者に届けた

山口県岩国市で、DV被害者の戸籍附票が加害者側に交付された。戸籍附票には住所の履歴が記録されている——つまり、被害者が命がけで隠した「逃げた先」が、そのまま加害者の手に渡ったということだ。

市は被害者に143万円の賠償金を支払った。だが、金額の問題ではない。この事故の核心は、被害者を守るために設計されたはずの仕組みが、たった一つの手順の欠落で「加害の道具」に反転したという構造にある。

「交付制限」という仕組みは、どう機能するはずだったのか

DV・ストーカー・児童虐待などの被害者は、加害者からの住民票や戸籍附票の請求を止めるために「支援措置」を申し出ることができる。自治体はこの申出を受けて、住民基本台帳事務における交付制限をかける。窓口で加害者やその代理人から請求があっても、システム上で警告が表示され、交付を拒否する——それが本来の流れだ。

岩国市のケースでは、この交付制限の登録プロセスに「仮登録」と「本登録」の二段階があった。職員が仮登録を行わなかったために、システム上は制限がかかっていない状態のまま放置された。結果として、加害者側からの請求に対し、窓口では何の警告も出ないまま戸籍附票が交付された。

ここで注目すべきは、ミスの性質だ。職員が「交付してはいけない」と知りながら渡したのではない。システムが何も教えてくれなかったのだ。仕組みが人を守る設計になっていなければ、どれほど真面目な職員でも事故は起きる。問題は個人の注意力ではなく、手順が一つ抜けただけで保護が丸ごと消える設計そのものにある。

「人が忘れる」ことを前提にしない制度は、制度と呼べるのか

行政の窓口業務は、膨大な件数を限られた人員で処理する日常の連続だ。総務省の調査によれば、支援措置の対象件数は全国で年間数万件規模にのぼる。一つひとつの登録作業に「絶対に忘れない」ことを求める設計は、仕組みとして成立しているとは言いがたい。

本来、制度設計において「人は忘れる」「人は間違える」は前提条件であるべきだ。航空業界や医療現場では、ヒューマンエラーを織り込んだ上でチェックリストやダブルチェック、フェイルセーフの仕組みが組み込まれている。命に関わる情報を扱う行政の窓口業務が、なぜ同じ水準の設計思想を持てていないのか——そこに構造的な問いがある。

岩国市は再発防止策として職員への研修強化を挙げたと報じられている。だが、研修で「気をつけましょう」と伝えることと、システム上で仮登録が完了していなければ本登録に進めない——あるいは未登録の対象者に対する請求時に自動でアラートが出る——といった設計を導入することは、まったく別の話だ。前者は人の努力に依存し、後者は仕組みで人を支える。どちらが被害者を確実に守れるかは明らかだろう。

他の自治体でも繰り返されてきた「仕組みの穴」

この種の事故は岩国市だけの問題ではない。過去にも複数の自治体でDV被害者の住所が誤交付された事例が報告されている。2023年には別の自治体でも同様の支援措置の登録漏れによる誤交付が発生し、被害者が転居を余儀なくされた。

共通しているのは、いずれも「職員個人のミス」として処理され、制度設計の根本的な見直しには至っていないという点だ。事故が起きるたびに「再発防止」「研修強化」が繰り返されるが、仕組みの構造が変わらなければ、同じ穴は別の場所で再び開く。

広島県内に目を向ければ、尾道市での官製談合に関する文書管理の不備や、広島市の投票所変更をめぐる住民への周知不足など、行政の仕組みが住民の生活を左右する場面で設計の甘さが露呈する事例は少なくない。これらに共通するのは、ルールは存在するが、ルールが実態に追いついていない——あるいはルールと運用の間に隙間があり、その隙間を埋める設計がなされていないという構造だ。

「誰を楽にするか」という問いを、制度設計の起点に置く

交付制限の仕組みは、被害者を守るために存在する。だが現状の設計は、被害者を守るコストを窓口職員の注意力に負わせている。職員が一人で正確に処理し続けることを前提にした仕組みは、職員にとっても過酷であり、被害者にとっても危うい。

制度を見直すとき、最初に立てるべき問いは「これは誰を楽にするか」だと思う。

システム上のフェイルセーフを導入すれば、職員は「忘れてはいけない」というプレッシャーから少し解放される。被害者は、自分の情報が確実に保護されているという安心を得られる。仕組みが人を支えれば、人は仕組みの中でより確実に動ける。その循環をつくることが、制度設計の本質ではないか。

具体的に求められるのは、以下のような対応だろう。

  • システム設計の改修:支援措置の申出を受けた時点で、仮登録が完了しなければ当該対象者の証明書発行時に自動で警告が出る仕組みの導入
  • ダブルチェック体制の義務化:交付制限に関わる登録・交付業務において、複数職員による確認プロセスを標準化する
  • 全国統一のガイドライン整備:支援措置の運用手順が自治体ごとにばらつく現状を是正し、総務省主導で最低限のシステム要件を定める
  • 被害者への通知制度:交付制限の登録が完了した旨を被害者本人に通知し、保護状態を被害者自身が確認できる仕組みをつくる

これらは技術的に実現不可能なものではない。むしろ、なぜ今まで標準装備されていなかったのかという問いのほうが重い。

143万円の賠償金が意味するもの

143万円という金額は、被害者が被った精神的苦痛や転居費用などを積算した結果だろう。だが、加害者に住所を知られた被害者が実際に負う恐怖——夜ごとに鍵を確かめ、見知らぬ足音に身を固くし、子どもの通学路を変え、職場にも事情を伝えなければならない——その重さは、金額には換算できない。

賠償金は事後の対応であり、事前の保護が機能していれば本来発生しないコストだ。143万円を支払ったという事実は、仕組みの不備がそのまま財政負担にもなることを示している。人を守る仕組みへの投資は、倫理的にも財政的にも、事後対応より合理的だ。

仕組みが人を守れるかどうかは、設計者の想像力にかかっている

今回の事故で最も考えさせられるのは、制度を設計した人々が「この手順が抜けたとき、何が起きるか」をどこまで想像していたか、という点だ。

仮登録を忘れる職員が悪いのではない。仮登録を忘れても被害者が危険にさらされない設計をしなかった仕組みが、問い直されるべきだ。

DV被害者が逃げるとき、その人は人生のすべてを賭けている。住所を隠すことは、生活の基盤を一から作り直すことであり、社会とのつながりを自ら断つことでもある。その決断の重さを、行政の仕組みは受け止めきれているだろうか。

岩国市がこの事故をどう受け止め、何を変えるのか。そして他の自治体が「うちは大丈夫か」と自らの仕組みを点検するのか。注視すべきはそこだ。

——人を守る仕組みは、人が間違えることを前提にして初めて、本当に人を守れる。

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