赤ソバ蜂蜜、柿高弁当、イノシシ革レザー——「捨てるもの」を「売りもの」に変える瀬戸内の小さな錬金術

花も、皮も、規格外も——誰かが「もったいない」と言ったところから始まった 広島県の瀬戸内沿岸から中山間地にかけて、少し変わった特産品が静かに生まれている。北広島町では、収穫前に刈り取られていた赤ソバの花から蜂蜜を採る試みが動き出した。江田

By Rei

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花も、皮も、規格外も——誰かが「もったいない」と言ったところから始まった

広島県の瀬戸内沿岸から中山間地にかけて、少し変わった特産品が静かに生まれている。北広島町では、収穫前に刈り取られていた赤ソバの花から蜂蜜を採る試みが動き出した。江田島市の大柿高校では、地元農家の規格外野菜や未利用食材を詰め込んだ「柿高弁当」が1周年を迎えた。同じ江田島では、農地を荒らすイノシシの皮がレザー製品に、その毛が熊野筆に姿を変えている。

三つの取り組みに共通するのは、どれも「捨てられていたもの」から始まっているということだ。花は刈られ、野菜は出荷されず、獣皮は埋設処分されていた。それぞれの現場で誰かが「もったいない」と口にし、別の誰かが「じゃあ使おう」と手を動かした——その連鎖が、小さな経済圏をつくり始めている。

担い手は農家、高校生、猟師、職人と多様だ。しかし構造を見ると、いずれも「既存の生産工程の中で発生する副産物を、別の出口につなぐ」という同じ設計思想で動いている。個人の善意ではなく、仕組みとして回り始めた点にこそ、注目すべき理由がある。

北広島町の赤ソバ蜂蜜——刈られていた花に、ミツバチが価値をつけた

北広島町で栽培される赤ソバは、もともと実を収穫するための作物だ。開花前に刈り取ることで実の品質を上げる農法が一般的で、花はいわば「工程上の邪魔者」だった。その花を、あえて一定期間咲かせ、ミツバチに蜜を集めさせる——発想の転換は、地元の養蜂家と農家の雑談から生まれたという。

赤ソバの花蜜は、通常のソバ蜜より色が濃く、鉄分やミネラルが豊富とされる。風味にはほのかな苦みがあり、チーズや黒パンとの相性がいい。現在、約2,000本の赤ソバの苗を養蜂エリアとして管理しており、初年度の生産コストは苗代・巣箱管理費を含めておよそ100万円。収穫量はまだ限定的だが、100gあたり1,500〜2,000円の価格帯で道の駅や地元直売所に並び始めた。

注目すべきは、この取り組みが農家にとって「新たな作業」ではなく「既存の作業を少し遅らせるだけ」で成立する点だ。刈り取りのタイミングを1〜2週間ずらし、その間にミツバチが蜜を集める。農家の手間はほぼ増えず、養蜂家が蜜を採り、売上の一部を農家に還元する。追加投資を最小限に抑えながら、副収入の回路が一本増える——この「軽さ」が、仕組みとして続く条件になっている。

今後の課題は安定した収量の確保と、品質基準の統一だ。天候に左右される蜜量をどう平準化するか、複数の養蜂家が参入した場合にブランドをどう守るか。仕組みが小さいうちに設計図を描けるかどうかが、次の1年の分かれ目になる。

江田島・大柿高校の「柿高弁当」——700円に詰まった、地域と教室のあいだ

江田島市の県立大柿高校が販売する「柿高弁当」は、1食700円。地元農家から仕入れた食材を使い、生徒たちが調理・販売まで手がける。2024年春の開始から1年が経ち、累計販売数は校内外あわせて数百食に達した。

この弁当の仕入れ先には、いわゆる「規格外」の野菜が含まれている。形が不揃いで市場に出せないもの、収穫量が少なすぎて出荷ロットに満たないもの——農家にとっては自家消費か廃棄の二択だったものが、弁当の具材として居場所を得た。仕入れ価格は市場価格より低いが、農家にとっては「ゼロよりはるかにいい」。生徒にとっては、原価計算と品質管理を実地で学ぶ教材になっている。

「最初は売れ残ったらどうしようって、みんな怖がってました」——プロジェクトに関わる生徒の言葉だ。恐る恐る始めた販売が、今では昼前に完売する日もある。メニュー開発、原価管理、SNSでの告知、在庫の読み。教室では教えにくい「売る」という行為のリアルが、700円の弁当箱の中に凝縮されている。

地域との接点も広がっている。民泊施設「かぞく家」との連携で観光客向けの提供も始まり、「島の高校生が作った弁当」というストーリーが口コミで伝わるようになった。ただし、生徒は毎年入れ替わる。ノウハウの引き継ぎ、レシピの標準化、仕入れ先との関係維持——「人が変わっても回る仕組み」をどう残すかが、この取り組みの本当の試験だ。

江田島のイノシシ革レザー——厄介者の皮が、手のひらに収まるまで

江田島市では年間数百頭のイノシシが有害鳥獣として捕獲される。肉はジビエとして一部流通するが、皮はほとんどが埋設処分されてきた。処分にもコストがかかる。猟師にとっては「獲った後」の負担が重く、捕獲のモチベーションを下げる一因にもなっていた。

この皮を鞣(なめ)してレザーに加工するプロジェクトが、地元の猟師と革職人の協働で動いている。イノシシ革は牛革に比べて繊維が粗く、傷も多い。均一な品質を求める大量生産には向かない。しかし裏を返せば、一枚ごとに表情が異なる「一点もの」としての魅力がある。財布や名刺入れ、小物入れなどに加工され、3,000〜5,000円の価格帯で販売されている。

さらに興味深いのは、イノシシの硬い毛が熊野筆の素材として活用され始めていることだ。広島県熊野町は筆の一大産地であり、獣毛の調達は常に課題となっている。イノシシ毛は弾力が強く、油絵用の筆やメイクブラシの一部に適するとされ、少量ながら取引が始まった。皮はレザーに、毛は筆に——一頭のイノシシから複数の出口が設計されることで、「処分コスト」が「原材料収入」に反転する。

この構造が機能するには、猟師が皮を丁寧に剥ぎ、適切に保管し、職人に渡すまでの中間工程が欠かせない。現状では、この作業を担う人手が限られている。仕組みとしての完成度を上げるには、剥皮・保管・輸送の手順を標準化し、猟師の追加負担を最小化する設計が必要になる。赤ソバ蜂蜜と同じく、「既存の動きに乗せる軽さ」が持続の鍵だ。

三つの現場に通底する設計思想——「新しく作る」のではなく「すでにあるものを、つなぐ」

赤ソバ蜂蜜、柿高弁当、イノシシ革レザー。素材も担い手もまったく異なるが、構造を並べると驚くほど似ている。

第一に、いずれも「新たな資源を外から持ち込む」のではなく、「既存の生産活動の中で捨てられていたものに、別の出口をつなぐ」という設計になっている。花、規格外野菜、獣皮——すでにそこにあったものだ。

第二に、担い手が単独ではなく「異なる専門の組み合わせ」で動いている。農家と養蜂家、高校生と農家と民泊事業者、猟師と革職人と筆職人。一人の万能選手ではなく、それぞれの持ち場が噛み合うことで初めて回路が成立する。

第三に、どの取り組みも規模が小さい。年間売上は数十万円から数百万円の範囲にとどまる。しかし、この小ささが重要だ。大きな投資を必要としないからこそ、失敗しても撤退できる。試行錯誤の余白がある。地域経済を一気に変えるような派手さはないが、「やめなくていい」という持続性がある。

これは誰を楽にするか

最後に、この三つの取り組みが「誰を楽にするか」を考えてみたい。

農家は、捨てていたものから少額でも収入を得る。猟師は、処分コストが収入に変わる。高校生は、卒業後に使える実務経験を手にする。養蜂家や革職人は、新しい素材の供給元を得る。そして消費者は、背景にストーリーのある商品を手に取ることができる。

誰か一人が大きく儲かる構造ではない。だが、関わる人それぞれの「ちょっとした負担」が「ちょっとした収入」に変わる。その「ちょっと」の積み重ねが、地域の中で小さな循環をつくる。

仕組みは、まだ脆い。人が抜ければ止まるし、天候や捕獲数に左右される。しかし、設計思想そのものは他の地域にも移植可能だ。「うちにも捨てているものがある」と気づいた瞬間、同じ回路は別の土地でも回り始める。

瀬戸内の小さな錬金術は、金を生み出す魔法ではない。すでにそこにあったものを、少しだけ丁寧に扱い直すこと——それだけで、誰かの手が少し軽くなる。

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