無医地区53・無人駅30・江田島AI福祉——「人がいない場所」を仕組みで支える実験の現在地

人が減った場所に、何を残すのか 広島県には、医師のいない地区が53ある。全国で北海道に次いで二番目に多い。JRの無人駅は過去3年で30駅増えた。そして江田島市では、AIを使った福祉支援の実証実験が動いている。 三つの事象は、一見するとば

By Rei

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人が減った場所に、何を残すのか

広島県には、医師のいない地区が53ある。全国で北海道に次いで二番目に多い。JRの無人駅は過去3年で30駅増えた。そして江田島市では、AIを使った福祉支援の実証実験が動いている。

三つの事象は、一見するとばらばらに見える。けれど少し引いて眺めると、共通する問いが浮かぶ——「人がいなくなった場所で、暮らしの機能をどう維持するのか」。

この問いに対して、いま広島県内で起きているのは、技術の導入でも人材の補充でもなく、その間をつなぐ「仕組み」の模索だ。誰を楽にするための仕組みなのか。何が代替可能で、何が代替できないのか。現場の手触りから、その現在地を追う。

53の無医地区——数字の奥にある「最後の一人」の問題

厚生労働省の直近の調査(2022年)によれば、全国の無医地区は601。広島県の53地区は、北海道の63地区に次ぐ数だ。ただし北海道と広島では事情が異なる。北海道は面積の広さゆえに医療圏が分散するが、広島は中山間地域と島嶼部が入り組む地形が、アクセスの断絶を生んでいる。

無医地区に暮らす住民の多くは高齢者だ。県の資料では、対象地区の高齢化率は50%を超える地域も珍しくない。「最寄りの診療所まで車で40分」という距離感は、免許を返納した高齢者にとっては事実上の医療空白を意味する。

この課題に対して、県はオンライン診療の導入支援や巡回診療の拡充を進めてきた。2023年度には、県内5地区でオンライン診療の試行が始まった。しかし、ここで見落とされがちな問題がある。オンライン診療を受けるには、端末の操作を助ける人が要る。血圧計やパルスオキシメーターの数値を読み取り、医師に伝える人が要る。つまり——技術があっても、それを届ける「最後の一手」を担う人間がいなければ、仕組みは回らない。

実際に巡回診療を続けている県北部のある診療所の医師は、こう話す。「月に一度来るだけでは、患者さんの日常は見えない。普段の様子を知っている地域の人が、『最近ちょっとおかしい』と気づいてくれることが、診療の精度を上げている」。医療の質を支えているのは、医師の腕だけではない。日常を観察し、異変を拾い上げる地域の目——その構造こそが、無医地区の医療を辛うじて成り立たせている。

無人駅30駅増——「駅員がいない」ことの本当のコスト

JR西日本は経営効率化の一環として、利用者の少ない駅の無人化を進めている。広島県内では過去3年間で約30駅が無人化された。JR西日本の2023年度の発表では、管内の無人駅比率はすでに7割を超えている。

無人駅になると何が起きるのか。券売機の故障時に対応する人がいない。車椅子利用者の乗降を手助けする人がいない。不審者がいても声をかける人がいない。数字には表れにくいが、「駅に人がいる」ことが果たしていた機能は、切符の販売だけではなかった。

呉線のある無人駅では、地元の住民が自主的に駅舎の清掃を続けている。花を植え、時刻表の横に手書きの案内を貼る。「誰もいない駅だと、よそから来た人が不安になるでしょう」と、清掃を続ける70代の女性は言う。この行為は、交通インフラの維持というより、「場所に人の気配を残す」営みに近い。

一方で、無人駅の増加は代替交通の議論を加速させている。広島県内では、三次市や庄原市でデマンド型乗り合いタクシーの運行が広がりつつある。利用者が事前に予約し、AIが最適ルートを算出して運行する方式だ。三次市の事例では、1回あたりの利用料金は300〜500円程度。年間の運行コストは約1,200万円とされるが、路線バスの赤字補填額と比較すれば、費用対効果は高いという評価もある。

ただし、ここにも「つなぎ」の問題がある。予約はスマートフォンか電話で行うが、高齢者の中には「電話をかけること自体が億劫」という人もいる。三次市の担当者は「民生委員さんが代わりに予約してくれるケースが多い。制度としては想定していなかったが、実態としてはそこが回っている」と明かす。仕組みの設計図には載っていない人の動きが、仕組みを機能させている。

江田島AI福祉——技術が「聞き役」になれるか

江田島市は人口約2万人、高齢化率は約45%。2024年度から、AIを活用した高齢者見守り・福祉相談の実証実験が始まった。タブレット端末を通じて、AIが日常の体調や困りごとを聞き取り、必要に応じて福祉担当者や医療機関につなぐ仕組みだ。

このプロジェクトの設計で注目すべきは、AIの役割を「判断」ではなく「聞き取りと振り分け」に限定している点だ。AIが診断するのではない。「今日の体調はどうですか」「困っていることはありますか」と定型の質問を投げかけ、回答の内容やパターンの変化を検知して、人間の担当者にアラートを送る。判断と対応は、あくまで人が行う。

江田島市の福祉課担当者はこう説明する。「高齢者の方が本当に困っているとき、自分からは言い出せないことが多い。定期的に『聞かれる』仕組みがあることで、小さなSOSを拾えるようになる。AIは聞き役に徹してもらう」。

実証開始から半年、参加者は約80名。興味深いのは、AIとの対話そのものよりも、「AIに話したことが、翌日に福祉担当者の訪問につながった」という体験が、参加者の信頼を生んでいることだ。技術への信頼ではなく、技術の向こう側に人がいるという実感——それが仕組みの定着を支えている。

一方で課題もある。タブレット操作に慣れない参加者が3割程度おり、地域のボランティアが週に一度、使い方のサポートに回っている。ここでもまた、技術と住民の間に立つ人の存在が、仕組みの成否を分けている。

三つの現場が指し示す構造——「中間層」の設計

無医地区の巡回診療を支える地域の目。無人駅の代替交通を実質的に動かす民生委員の予約代行。AI福祉の端末操作を助けるボランティア。

三つの現場に共通するのは、制度や技術の「設計図」には明記されていない中間的な存在が、仕組みの実効性を担保しているという構造だ。この中間層は、専門職でもなく、完全な素人でもない。地域に暮らし、顔が見える距離で、ちょっとした手間を引き受ける人たちだ。

この構造には、美しさと同時に危うさがある。善意に依存する仕組みは、その人がいなくなれば崩れる。三次市のデマンド交通を支える民生委員の平均年齢は70代前半。江田島市のボランティアも、多くが60代以上だ。「つなぎ役」自身が、やがて支えられる側に回る日が来る。

だからこそ、いま問われているのは「つなぎ役を増やす」ことではなく、「つなぎ役がいなくても回る仕組み」と「つなぎ役を再生産できる仕組み」の両方を設計することだろう。前者はAIや自動化の領域であり、後者は地域の関係性や教育の領域だ。どちらか一方では足りない。

今後の注目点——仕組みの「持続可能性」をどう測るか

三つの事例は、いずれも実験の途上にある。成功とも失敗とも言い切れない、まだ柔らかい段階だ。だからこそ、今後の評価軸が重要になる。

注目すべきは、以下の三点だ。

第一に、コストの透明性。 デマンド交通の年間1,200万円、AI福祉実証のタブレット配布・運用費用、オンライン診療の通信環境整備費——これらが「誰の予算で、いつまで続くのか」が明示されなければ、住民は安心して頼ることができない。

第二に、中間層の可視化。 いま仕組みを支えている人たちの存在を、制度の中に正式に位置づけること。ボランティアという名前のまま放置すれば、負担は個人に集中し、やがて燃え尽きる。

第三に、住民の声の記録。 「便利になった」「助かった」という感想だけでなく、「使いにくい」「頼みづらい」という声をどれだけ拾えるか。仕組みの改善は、不満の中にこそ種がある。

人がいなくなった場所に、技術を入れる。それだけでは、場所は生き返らない。技術と人の間に立ち、両方の言葉を翻訳する誰かがいて、はじめて仕組みは血の通ったものになる。

広島の53の無医地区、30の無人駅、江田島の小さな実験——そのどれもが、同じことを静かに教えている。仕組みを設計する人と、仕組みの中で暮らす人の間にある距離。その距離を埋めるのは、結局のところ、誰かの「ちょっとした手間」なのだ。その手間に名前をつけ、居場所を用意すること——それが、いま最も必要な設計かもしれない。

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