実りの裏側で回る損益計算——異業種の米作り・サンマ不漁・大長みかん収穫、三つの「秋」が映す構造

収穫の季節に、収支が合わない 秋が来れば、ものが実る。田んぼには稲穂が垂れ、港にはサンマが揚がり、島の段々畑ではみかんが色づく——少なくとも、そういう風景がこの国の「当たり前」だった。 だが2023年の秋は、その当たり前の裏側にある損益

By Rei

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収穫の季節に、収支が合わない

秋が来れば、ものが実る。田んぼには稲穂が垂れ、港にはサンマが揚がり、島の段々畑ではみかんが色づく——少なくとも、そういう風景がこの国の「当たり前」だった。

だが2023年の秋は、その当たり前の裏側にある損益計算書が、少し違う景色を見せている。異業種からコメ作りに参入した企業は米価の下落に直面し、サンマは記録的な不漁で食卓から遠ざかり、広島県呉市・大崎下島の大長みかんと広島レモンは猛暑を越えて糖度の高い実をつけた。

実ったもの、実らなかったもの。その明暗を分けたのは、努力の量ではない。気候・市場構造・参入障壁という三つの「仕組み」の噛み合い方だった。

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運送会社がコメを作る理由——世羅町の農業法人が引き受けたもの

広島県世羅町。中山間地域に広がる農地の一角で、もともと運送業を営んでいた企業が農業法人を立ち上げ、コメ作りに取り組んでいる。

背景にあるのは、担い手不足だ。高齢化で耕作を続けられなくなった農家から「うちの田んぼを頼む」と声がかかる。断れば、その土地は荒れる。地域の物流を支えてきた会社だからこそ、「届ける」だけでなく「作る」側にも手を伸ばした——そういう経緯がある。

トラックの配車管理で培ったスケジュール最適化のノウハウを農作業に応用し、作業効率を上げる工夫は随所に見られる。だが、仕組みで効率を上げても、出口の価格が下がれば収支は合わない。

農林水産省の統計によれば、全銘柄平均の米価(相対取引価格)は2022年産で60kgあたり約1万3,000円台まで落ち込んだ後、2023年産ではやや持ち直しの兆しがあるものの、依然として生産コストを下回る水準が続いている。農水省が公表する米の生産費調査では、全算入生産コスト(家族労働費・自作地地代を含む)は60kgあたり約1万5,000円から1万6,000円とされる。つまり、作れば作るほど赤字が膨らむ構造が、そこにある。

「参入障壁が低い」と言われる稲作だが、実態は違う。障壁が低いのは「始めること」であって、「続けること」ではない。価格決定権を持たない生産者が市場の変動をそのまま受ける構造——これは、異業種だろうと専業農家だろうと変わらない。問題は個人の経営能力ではなく、価格形成の仕組みそのものにある。

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サンマが遠くなった秋——不漁の背景にある海の構造変化

「秋の味覚」の代名詞だったサンマが、年々食卓から遠ざかっている。

全国さんま棒受網漁業協同組合の発表によれば、近年の国内サンマ水揚量は激減の一途をたどっている。ピーク時の2008年には約34万トンあった漁獲量が、2021年には約1.8万トン、2022年も約1.8万トンと低迷し、2023年も大幅な回復は見込めない状況だ。スーパーの店頭では1尾200円を超える価格が珍しくなくなり、かつて「庶民の魚」と呼ばれた面影は薄い。

この不漁の要因は単純ではない。水産研究・教育機構の分析では、サンマの資源量そのものが北太平洋全体で減少傾向にあること、海水温の上昇によって回遊ルートが日本近海から離れていること、さらに公海上での外国漁船による漁獲圧の増大が複合的に影響しているとされる。

注目すべきは、これが一時的な「不漁の年」ではなく、構造的な変化であるという点だ。海水温の上昇は気候変動と連動しており、短期的な対策で回復する性質のものではない。北太平洋漁業委員会(NPFC)では国際的な漁獲枠の議論が続いているが、各国の利害が絡み、実効性のある規制には至っていない。

居酒屋チェーンの中には、サンマの塩焼きをメニューから外す店も出始めている。「旬のものを旬に届ける」という飲食の原則が、海の仕組みの変化によって揺らいでいる。

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段々畑が守ったもの——大長みかんと広島レモンの「参入障壁」

同じ広島県でも、呉市大崎下島の風景は少し違う温度を持っている。

瀬戸内海に浮かぶこの島では、急斜面に築かれた段々畑で大長(おおちょう)みかんと広島レモンの収穫が進んでいる。2023年の夏は記録的な猛暑だったが、水はけのよい傾斜地と海からの潮風が果実のストレスを適度に与え、結果として糖度の高い仕上がりになった——と、地元の生産者は話す。

広島県はレモンの生産量で全国シェア約6割を占め、その地位は揺るがない。JA広島果実連によれば、広島レモンの市場単価は1kgあたり400円から600円程度で推移し、防腐剤不使用の「皮ごと使えるレモン」としてのブランド価値が価格を下支えしている。大長みかんも、温州みかんの中では早生品種の評価が高く、贈答用を中心に安定した需要がある。

ここで注目したいのは、「参入障壁の高さ」が結果的に生産者を守っている構造だ。段々畑での果樹栽培は機械化が難しく、苗木を植えてから収穫まで数年を要する。新規参入のハードルは稲作と比較にならないほど高い。だが、その高さゆえに供給が急増せず、価格が安定する。さらに、「広島レモン」「大長みかん」という産地ブランドが流通における交渉力を持つ。

手間がかかるからこそ、仕組みとして回る。この逆説が、島の段々畑には静かに埋め込まれている。

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三つの「秋」を並べて見えるもの

ここまでの三つの事例を、気候・市場構造・参入障壁の軸で整理してみる。

コメ(世羅町・異業種参入):気候リスクは中程度だが、市場価格は下落基調。参入障壁が低いがゆえに供給過多になりやすく、価格決定権を生産者が持てない。効率化の努力が価格下落に吸収される構造。

サンマ(全国):気候変動(海水温上昇)の影響が直撃。資源量の減少は構造的で、漁獲努力を増やしても回復しない。国際的な資源管理の枠組みが追いついていない。消費者価格は上昇するが、漁業者の収益改善には直結しない。

大長みかん・広島レモン(大崎下島):猛暑の影響を受けつつも、品質向上に転化できた。参入障壁の高さが供給を制限し、産地ブランドが価格を支える。手間のかかる生産体制が、結果として市場での安定性を生んでいる。

三つに共通するのは、「個人の頑張り」だけでは損益の構造を変えられないという事実だ。世羅町の農業法人がどれだけ効率的に作っても、米価が生産コストを下回れば赤字になる。漁師がどれだけ沖に出ても、魚がいなければ網は空のままだ。大長みかんが安定しているのは、農家が優秀だからだけではなく、地形と歴史とブランドが作った「仕組み」が回っているからだ。

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これは誰を楽にするか——問いの立て方を変える

「今年の秋は豊作か不作か」という問いは、もう少し解像度を上げる必要がある。

問うべきは、「この仕組みは、誰を楽にしているか」だ。

米の流通構造は、消費者には安い米を届けるが、生産者の持続可能性を削っている。サンマの国際的な資源管理の不在は、短期的には各国の漁業者に自由を与えるが、長期的には資源そのものを枯渇させる。大長みかんの段々畑は、高齢化する島の農家に重労働を強いる一方で、その手間こそがブランド価値の源泉になっている。

どの仕組みにも、楽になる人と負荷を引き受ける人がいる。その配分が適正かどうか——それを見極めることが、「秋の実り」を報じるときに本当に必要な視点ではないか。

異業種から農業に入った世羅町の企業は、来年もコメを作るだろう。「頼まれた田んぼを放すわけにはいかん」という言葉が、損益計算書の赤字より重い場所が、この国にはまだある。

その重さを、仕組みの側が受け止められるかどうか。秋の収穫が終わった後に残る、静かな問いだ。

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