クマが住宅街に降りて学校が休みになり、高校は18校が7校になる——「人が退いた場所」で何が起きているか

広島市佐伯区で、クマが目撃された。住宅街のすぐそばだった。周辺の小中学校11校が臨時休校になった——子どもたちの通学路に、クマがいるかもしれないという判断だ。 同じ広島県では、県立高校18校を7校に統合する素案が公表されている。JR芸備線

By Rei

|

Related Articles

広島市佐伯区で、クマが目撃された。住宅街のすぐそばだった。周辺の小中学校11校が臨時休校になった——子どもたちの通学路に、クマがいるかもしれないという判断だ。

同じ広島県では、県立高校18校を7校に統合する素案が公表されている。JR芸備線の一部区間では、鉄道を残すのかバスに転換するのか、存廃の協議が進む。

これらは別々のニュースとして報じられている。けれど少し引いて見ると、ひとつの構造が浮かぶ。人が退いた場所で、それまで成り立っていた仕組みが、順番に姿を変えていく——その過程の記録だ。

境界線が動いている

2025年の国勢調査速報値で、広島県の人口は約268万人。前回比4.2%減。広島市ですら78年ぶりに人口が減少に転じた。県全体の話ではない。県庁所在地で、だ。

佐伯区は広島市の西部に位置し、市街地と山地が隣り合う地形をもつ。住宅地の背後にすぐ山がある。かつてはその境界に人の気配——生活音、車の往来、畑仕事の人影——があり、それが動物にとっての「ここから先は人間の領域」という見えない壁になっていた。

環境省のデータによれば、ツキノワグマの出没件数は全国的に増加傾向にある。2023年度のクマによる人身被害は過去最多を記録した。背景には、ブナやナラの実の不作といった山側の食料事情もある。しかしそれだけでは、なぜ「住宅街のそば」にまで降りてくるのかを説明しきれない。

空き家が増え、耕作放棄地が広がり、人の密度が薄くなった場所——そこが、山と街のあいだの緩衝地帯だった。人が退けば、その緩衝地帯は消える。クマにとっては、山の延長がそのまま住宅街の裏庭まで続いているように見えているのかもしれない。

臨時休校になった11校。その判断は正しい。子どもの安全が最優先だ。ただ、ここで少し立ち止まって考えたいのは、「休校の判断」そのものではなく、「休校が必要になる状況が生まれた構造」のほうだ。

18校が7校になるということ

広島県教育委員会が示した県立高校の再編素案は、対象18校を7校に統合するという内容だった。削減ではなく「統合」と呼ばれるが、物理的に11の学校がなくなることに変わりはない。

数字を見る。広島県の15歳人口は、2005年には約3万2千人だったものが、2025年には約2万3千人まで減っている。20年で約3割減。1学年あたりの生徒数が一定数を下回れば、教科ごとの教員配置が難しくなり、選択科目が開設できなくなり、部活動の維持も困難になる。「教育の質を保つために統合する」という論理は、仕組みとしては筋が通っている。

問題は、その仕組みの外側にあるものだ。

高校は、地域にとって単なる教育施設ではない。体育館は地域の避難所になり、グラウンドは地元の行事に使われ、文化祭には卒業生が戻ってくる。高校があることで、その周辺に下宿や食堂や文房具店が成り立ち、バス路線が維持される理由にもなる。学校というひとつの拠点が消えることは、その周囲に張り巡らされた細い糸が何本も同時に切れることを意味する。

統合後の新しい学校は、郊外にキャンパスを設ける構想もあるという。通学距離は伸び、スクールバスや公共交通への依存度が上がる。ここで、もうひとつのニュースとつながる。

鉄道が問いかけているもの

JR芸備線の備後庄原〜備中神代間。1日あたりの平均通過人員が数十人という区間を含むこの路線について、国の再構築協議会で存廃が議論されている。2024年末に示された資料では、鉄道を維持した場合の年間赤字額と、バス転換した場合のコスト比較が提示された。11月には骨子案が示される予定だ。

鉄道の存廃は、しばしば「利用者数」と「コスト」の二軸で語られる。それは正しい。公共交通は慈善事業ではなく、持続可能な仕組みでなければならない。しかし、ここでもやはり「仕組みの外側」に目を向けたくなる。

鉄道の駅がある集落と、ない集落では、住民の行動範囲が変わる。高齢者が通院できるかどうか、高校生が通学できるかどうか。バス転換が「同等のサービス」を提供できるかは、本数やルートだけでなく、乗り換えの有無、待合環境、冬季の運行安定性まで含めて検証されなければならない。

鉄道が廃止されれば、駅前の商店が閉じ、人の流れが変わり、集落の重心がずれる。それは、クマが降りてくる境界線がまたひとつ動くことと、構造的には同じだ。

「撤退」ではなく「再配置」と呼ぶために

ここまでの話を並べると、暗い未来しか見えないように思えるかもしれない。けれど、少し角度を変えてみたい。

クマの出没に対して、広島市は迅速に休校を判断し、猟友会と連携してパトロール体制を敷いた。高校の統合素案は、地域住民への説明会を経て意見を募集している。芸備線の協議会では、沿線自治体とJR西日本と国が同じテーブルについている。

どれも、問題が起きてから場当たり的に対処しているのではなく、「人が減るという前提」のもとで、仕組みを組み替えようとしている。その過程は地味で、痛みを伴い、誰かにとっては「自分の町から何かがなくなる」という喪失を意味する。それでも、対話の場が設けられていること自体に、少しだけ希望の手触りがある。

大事なのは、これを「撤退」で終わらせないことだろう。学校を減らすなら、残った学校にどんな機能を集約するのか。鉄道をバスに替えるなら、バスが担えない役割——たとえば災害時の輸送力や、観光資源としての路線の価値——をどう補うのか。境界線が動くなら、新しい境界線をどこに引き直すのか。

「再配置」と呼べるだけの設計があるかどうか。それが問われている。

今後の注目点

  • 芸備線の骨子案(2025年11月予定):鉄道維持かバス転換か、具体的な方向性が示される。コスト比較だけでなく、沿線住民の生活動線がどう変わるかに注目したい。
  • 県立高校統合の最終案策定:素案に対する住民意見がどこまで反映されるか。統合後の学校が地域拠点としてどんな機能を持つかが焦点になる。
  • クマ出没への中長期対応:単発の駆除やパトロールではなく、緩衝地帯の再設計——耕作放棄地の管理、緩衝帯としての里山整備——が議論に上がるかどうか。

人が減ることは、もう止められない。けれど、人が減った場所をどう設計し直すかは、まだ決まっていない。クマが降りてきた住宅街の裏山、生徒が減った教室、乗客がまばらなホーム——それぞれの場所で、仕組みを描き直そうとしている人たちがいる。その手元を、これからも見ていきたい。

POPULAR ARTICLES

Related Articles

POPULAR ARTICLES

JP JA US EN