広電が貸切バス30年ぶり再開×広島空港ロボット×しまなみ塔頂ツアー——「移動を売る」の再発明

移動そのものが目的地になる——広島の交通事業者が踏み出した一歩 路面電車が街の骨格をつくる広島で、いま「移動」の意味が静かに書き換えられようとしている。広島電鉄が30年ぶりに貸切観光バスの運行を再開し、広島空港には全日空初となる遠隔接客ロ

By Rei

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移動そのものが目的地になる——広島の交通事業者が踏み出した一歩

路面電車が街の骨格をつくる広島で、いま「移動」の意味が静かに書き換えられようとしている。広島電鉄が30年ぶりに貸切観光バスの運行を再開し、広島空港には全日空初となる遠隔接客ロボット「newme」が配置された。そしてしまなみ海道では、来島海峡大橋の塔頂——高さ約180メートルの作業用スペース——に一般客を招き入れるツアーが秋冬シーズンの受付を開始した。

三つのニュースを並べると、共通する問いが浮かぶ。「人を運ぶ」ことで対価を得てきた交通事業者が、「運ぶ先の体験」や「接点の質」そのものを商品に変えようとしている——これは誰を楽にし、何を変えるのか。

広島電鉄、貸切観光バス再開——30年の空白が意味すること

広島電鉄が貸切観光バス事業から撤退したのは1990年代半ば。路線バスと路面電車の維持に経営資源を集中せざるを得なかった時代だった。それから約30年、同社は再びこの領域に踏み出す。背景にあるのは、インバウンド需要の本格回復と、広島市内の宿泊施設が抱える「二次交通の弱さ」という課題だ。

広島は原爆ドームと宮島という二大世界遺産を擁しながら、呉や尾道、竹原といった周辺エリアへの移動手段が限られている。宿泊施設側からは「宿に泊まってもらっても、翌日どこへ行くかの提案が弱い」という声が以前から上がっていた。広電が狙うのは、まさにこの隙間だ。宿泊施設と連携したパッケージプランを組み、宿から観光地、観光地から宿へと「動線ごと設計する」モデルを志向している。

ここで注目したいのは、広電がすでに路面電車・路線バス・フェリー(宮島航路)を自社グループ内に持っているという事実だ。貸切バスが加わることで、「公共交通で広く薄く運ぶ」仕組みと「貸切で深く濃く届ける」仕組みが同一事業者の中に並立する。利用者から見れば、路面電車で広島市内を移動し、貸切バスで呉の大和ミュージアムへ向かい、帰りはフェリーで宮島に寄る——そんな回遊が一つの窓口で完結する可能性がある。

運賃やコース詳細の正式発表はこれからだが、同社は宮島・呉・尾道方面を軸にした複数コースを検討しているとされる。地域の二次交通を「つなぐ」のではなく「まるごと設計する」という発想は、交通事業者が持つ路線網やダイヤ編成のノウハウがあってこそ成り立つ。30年の空白は、裏を返せば30年分の路線運行データと地域との関係性の蓄積でもある。その資産をどう転用するかが、再参入の成否を分けるだろう。

広島空港×遠隔接客ロボット「newme」——人が減る現場で「接点」を再設計する

広島空港に登場した「newme」は、ANAホールディングスが出資するavatarin社が開発した遠隔操作型ロボットだ。ディスプレイとカメラ、マイクを搭載した移動式端末で、離れた場所にいるスタッフがリアルタイムで旅客に応対する。広島空港への導入はANAグループの空港としては初の事例となる。

「ロボットが接客する」と聞くと、無人化・省人化のイメージが先に立つ。しかし構造を見ると、少し違う景色が見える。newmeは自律型AIではなく、あくまで「人が遠隔で操作する」仕組みだ。つまり、現場から人が消えるのではなく、「現場にいなくても接客できる人」が生まれる。

この違いは小さくない。地方空港は便数が限られるため、スタッフの配置効率が都市部の大規模空港に比べて悪い。特定の時間帯だけ旅客が集中し、それ以外は閑散とする。フルタイムで人を配置するコストと、旅客が「誰もいない」と感じるストレスの間で、地方空港はずっと板挟みになってきた。

newmeが解決しようとしているのは、まさにこの「接点の密度」の問題だ。遠隔スタッフは複数空港を掛け持ちできる可能性がある。広島空港の閑散時間帯に別の空港の対応に回り、広島にピークが来れば戻る——そんな運用が実現すれば、「人件費を増やさずに、旅客が人と話せる時間を増やす」という、従来のトレードオフを崩す仕組みになり得る。

導入コストや運用体制の詳細はまだ公表されていない。ただ、avatarin社のnewmeは月額利用のサブスクリプションモデルを基本としており、初期投資を抑えて試行できる設計になっている点は、地方空港にとって導入ハードルを下げる要素だ。今後、他の地方空港への横展開があるかどうかが、この仕組みの「汎用性」を測る指標になる。

しまなみ海道・来島海峡大橋の塔頂ツアー——インフラを「体験」に変える逆転の発想

しまなみ海道を構成する来島海峡大橋は、全長約4,105メートル、世界初の三連吊橋として知られる。その主塔の高さは海面から約184メートル。通常は保守点検のスタッフしか立ち入れないこの場所に、一般の観光客を案内するツアーが本州四国連絡高速道路株式会社の企画で実施されている。

秋冬シーズンの実施で、事前予約制。参加者はヘルメットと安全帯を装着し、エレベーターと階段で塔頂へ上がる。眼下には瀬戸内海の多島美が広がり、天候に恵まれれば四国山地まで見渡せるという。

このツアーが面白いのは、「橋を渡る」という移動行為の裏側——つまり橋を支えている構造物そのもの——を商品にしている点だ。普段は意識されない巨大インフラの内部を歩くことで、移動の「舞台裏」が体験に変わる。

同様の試みは国内外に先行事例がある。シドニーのハーバーブリッジ・クライムは1998年の開始以来、累計400万人以上が参加し、シドニー観光の定番アクティビティに成長した。料金は日本円換算で約2万〜4万円。来島海峡大橋の塔頂ツアーがどの程度の規模感を目指すかは未知数だが、「インフラ×体験」という文脈で見れば、瀬戸内エリアのブランド形成に寄与するポテンシャルは十分にある。

一方で、安全管理や天候による催行判断、参加人数の制限など、運営上の制約は少なくない。インフラ管理者が「見せる」事業を持続的に運営するには、観光事業者との連携や、ガイド人材の確保といった仕組みづくりが欠かせない。体験の質を維持しながらスケールさせる——その設計こそが、このツアーの本当の勝負どころだろう。

三つの動きが指し示す構造——「運ぶ」の先にある問い

広電の貸切バス、空港のロボット、橋の塔頂ツアー。三つの事象は業態も規模も異なるが、共通する構造がある。いずれも「移動のインフラを持つ者」が、インフラそのものの価値を再定義しようとしている、という点だ。

広電は路線網という既存資産を、貸切バスという新しいチャネルで「体験の動線」に変えようとしている。広島空港は物理的な空間という制約を、遠隔接客で「接点の再配置」に変えようとしている。本四高速は橋という構造物を、塔頂ツアーで「体験そのもの」に変えようとしている。

どれも「移動を売る」という従来の商売の延長線上にありながら、売っているものの本質が少しずつずれている。移動という行為の「周辺」にある価値——動線の設計、人との接点、構造物の存在感——を切り出して、独立した商品にする試みだ。

この流れは広島・瀬戸内に限った話ではない。人口減少と労働力不足が進む地方において、交通事業者が「運賃収入だけで路線を維持する」モデルは構造的に厳しくなっている。だからこそ、持っているインフラや知見を別の形で換金する回路を開くことが、事業の持続性に直結する。

今後の注目ポイント

三つの取り組みには、それぞれ次の段階で見届けるべき問いがある。

広電の貸切バス——宿泊施設との連携がどこまで具体化するか。単なるバスの貸し出しに留まるのか、動線設計まで踏み込んだ「滞在プログラム」になるのか。広電グループ内の路面電車・フェリーとの接続がシームレスに設計されれば、他の地方交通事業者にとってのモデルケースになり得る。

広島空港のnewme——遠隔スタッフの複数空港掛け持ちが実現するかどうか。単一空港での省人化に留まれば効果は限定的だが、ネットワーク型の運用に発展すれば、地方空港の「人の配置」という長年の課題に対する構造的な解になる。

しまなみ塔頂ツアー——催行実績と安全管理のデータが蓄積された先に、通年化や他の橋梁への展開があるか。インフラ管理者と観光事業者の協業モデルが確立されれば、全国の橋梁・ダム・トンネルといった土木構造物が「観光資源」として再発見される契機になる。

いずれも、まだ始まったばかりの動きだ。成果が見えるには時間がかかる。それでも、交通事業者が自らの持ち物を見つめ直し、「これは別の誰かにとって、別の価値があるのではないか」と問い始めたこと自体に、少し希望がある。移動の仕組みを支えてきた人たちが、その仕組みの中に新しい意味を見つけようとしている——その手つきを、これからも見ていきたい。

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