LibreOfficeは「AIを入れない」と宣言した——AI非搭載が競争優位になる逆転構造を読む
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Microsoft 365のCopilot付きプランは月額4,497円。年間で約54,000円。10人の会社なら年54万円。
この金額を聞いて「まあ必要経費だよね」と思うか、「いや、うちにそこまでのAI必要か?」と思うか。後者の感覚を持つ人にとって、LibreOfficeの最新の動きは見逃せない。
オープンソースの文書編集ソフトLibreOfficeが「AIを搭載しない」と明確に宣言した。流行に乗らない、のではない。乗らないことを武器にすると決めた。この判断の裏にある構造を読み解くと、中小企業にとって意外なヒントが見えてくる。
「AI入れました」が値上げの口実になっている現実
いま、あらゆるソフトウェアが「AI搭載」を謳い始めている。そしてほぼ例外なく、価格が上がっている。
MicrosoftはCopilot機能を追加したMicrosoft 365 Businessプランを月額4,497円に設定した。AI非搭載の通常プランは月額1,874円。差額は月2,623円、AI機能だけで約2.4倍の価格差だ。Google Workspaceも同様で、Gemini搭載のBusiness Standardは月額1,700円前後、AI強化版のBusiness Plusはさらに上がる。
スマートフォンの世界でも同じことが起きている。AI処理用のチップやメモリの需要増大が、端末価格を押し上げている。Hacker Newsで話題になったのは、AI向けメモリーチップの供給逼迫が低価格スマートフォン向けの部品を圧迫しているという構造だ。つまり、AIを使わない人まで、AIのせいで高い製品を買わされるという状況が生まれつつある。
LibreOfficeは無料だ。AI機能がない代わりに、文書作成、表計算、プレゼンテーションという基本機能を、ゼロ円で提供し続ける。10人の会社がLibreOfficeを使えば、Microsoft 365 Copilot付きプランとの差額は年間54万円。5年で270万円。これは中小企業にとって、人ひとり分の年収に近い金額だ。
消費者は本当にAIを求めているのか?
面白いデータがある。MIT Technology Reviewの調査によると、米国成人の52%がAIの進歩に対して「不安」を感じており、「興奮」を感じる人は36%にとどまる。Pew Research Centerの2023年調査でも、AIが日常生活に広がることについて「懸念している」と答えた人は52%で、「期待している」の10%を大きく上回った。
にもかかわらず、ChatGPTの月間アクティブユーザーは2億人を超えている。この矛盾をどう読むか。
答えはシンプルだ。「自分で選んで使うAI」と「勝手に入っているAI」は別物ということ。ChatGPTを使う人は、自分の意思でプロンプトを打っている。一方、WordやExcelに組み込まれたAIは、自分のデータがどこに送られているのか分からないまま動く。この「勝手に動く感」が不安を生んでいる。
特に中小企業の経営者にとって、顧客データや財務情報が入った文書を編集するソフトに、クラウドベースのAIが常駐している状態は、リスクそのものだ。情報漏洩が一度でも起きれば、大企業なら謝罪会見で済むが、中小企業は取引先を失って終わる。
LibreOfficeの「AI非搭載」は、この文脈ではセキュリティ宣言に等しい。データはローカルに留まる。外部サーバーに送信されない。この単純な事実が、プライバシーに敏感な顧客を持つ中小企業にとっては、そのまま営業トークになる。
「入れない」が差別化になる逆転構造
ここで起きている構造変化を整理する。
AI搭載のコスト構造:
- ソフトウェアのサブスクリプション費用が上昇(年間数十万円単位)
- AI機能の学習・運用に社内リソースが必要
- データガバナンスの整備コスト(規程作成、社員教育、監査対応)
- トラブル時の対応コスト(AI誤出力、情報漏洩リスク)
AI非搭載のコスト構造:
- ソフトウェア費用ゼロ(LibreOfficeの場合)
- 既存の業務フローをそのまま維持可能
- データは社内完結、追加のガバナンスコスト不要
- 「AIを使っていません」が信頼訴求になる業種がある
この対比を見ると、すべての企業がAIを入れるべきだという前提そのものが怪しいことに気づく。
特に、士業、医療事務、介護、教育、地場の製造業など、「顧客との信頼関係」が売上の根幹にある業種では、AIを入れないことが合理的な選択になりうる。税理士事務所が「お客様のデータにAIは一切触れません」と言えたら、それは差別化だ。
もちろん、これは「AIを使うな」という話ではない。使う場所と使わない場所を分けろという話だ。
社内のナレッジ検索やFAQ対応にはAIを使う。議事録の要約にはAIを使う。しかし、顧客データが入った文書編集ソフトにはAIを入れない。この「選択的非搭載」が、中小企業にとって最もコスパの良い戦略になる。
で、結局どうすればいいのか
3つだけ。
1. 自社の業務を「AIが必要な領域」と「AIが不要な領域」に分ける
全業務にAIを入れる必要はない。文書作成・表計算レベルなら、LibreOfficeで十分な会社は山ほどある。まずは月額サブスクの棚卸しから始めればいい。Microsoft 365を全員分払っているなら、本当に全員にCopilotが必要か確認するだけで、年間数十万円浮く可能性がある。
2. 「AI非搭載」を顧客への信頼メッセージに変える
プライバシーポリシーに「当社の文書管理にはAI処理を使用していません」と一行加えるだけで、特定の顧客層からの信頼が上がる。コストはゼロ。やらない理由がない。
3. AIを使うなら「自分で選んで使う」形にする
勝手に動くAIより、必要なときだけ呼び出すAIのほうが、中小企業には向いている。ChatGPTやClaudeを業務の特定シーンで使い、文書編集ソフト自体はAI非搭載のものを使う。この組み合わせが、コストとリスクのバランスが最も良い。
LibreOfficeの宣言が映し出すもの
LibreOfficeの判断は、オープンソースコミュニティの理念的な話に見えるかもしれない。しかし本質は違う。
「全部にAIを入れるのが正解」という空気に対して、「入れないほうが得な場所がある」と市場が気づき始めたということだ。
Microsoftが年間54,000円×人数分のAIサブスクを売りたい側にいる以上、「AIは全員に必要です」と言い続けるのは当然だ。しかし、その請求書を払うのは中小企業の経営者だ。
300万円のシステムが5万円になる——そういうAI活用は全力で推す。しかし、年間ゼロ円で済んでいたものが54万円になる——それは「AI活用」ではなく「AI課金」だ。
中小企業の経営者が考えるべきは、「AIを使うか使わないか」ではない。「どこに使って、どこに使わないか」だ。LibreOfficeの宣言は、その問いを突きつけている。
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