渡船の「積み残し」、バス運転手の来日、ドラフト全員大学生——広島が「人の足りなさ」に出した三つの答え

渡船の「積み残し」、バス運転手の来日、ドラフト全員大学生——広島が「人の足りなさ」に出した三つの答え 朝7時の尾道水道。渡船の甲板に乗り切れなかった中高生が、桟橋に取り残されたまま次の便を待っている。東広島では、インドネシアから来日した青

By Rei

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渡船の「積み残し」、バス運転手の来日、ドラフト全員大学生——広島が「人の足りなさ」に出した三つの答え

朝7時の尾道水道。渡船の甲板に乗り切れなかった中高生が、桟橋に取り残されたまま次の便を待っている。東広島では、インドネシアから来日した青年がバスのハンドルを握る準備を進めている。そしてマツダスタジアムでは、高校生の名前が一人も呼ばれないドラフト会議が終わった——。

三つの現場は、業種も規模もまるで違う。けれど並べてみると、同じ問いが浮かぶ。「育てる時間」がないとき、現場はどう回すのか。広島のいまを、三つの答えから読む。

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一、尾道の渡船——「積み残し」が映す、仕組みの限界

尾道市と向島を結ぶ渡船は、市民にとって橋と並ぶ日常の足だ。航路距離わずか数百メートル。所要時間は約3分。この短い水路が、通学路そのものになっている中高生は少なくない。

ところが2024年、その渡船で「積み残し」が常態化した。船員の不足により減便が続き、朝のピーク時に乗り切れない生徒が出る。学校側は分散登校で対応し、始業時刻に間に合わない生徒を遅刻扱いにしない措置をとった。つまり、学校が時間割を渡船に合わせている。交通が教育の形を変えている、という逆転が起きている。

背景にあるのは、船員という職種そのものの構造的な細さだ。内航船員の高齢化率は全国的に高く、国土交通省の統計では50歳以上が約半数を占める。尾道の渡船事業者も例外ではない。小規模事業者が複数の航路を担う体制は、一人が欠けただけで減便に直結する。冗長性のない仕組みは、人が減った瞬間に崩れる。

ここで注目すべきは、積み残しという事象が「サービスの質が落ちた」という話にとどまらない点だ。渡船は尾道市にとって都市構造の一部であり、向島の住民にとっては生活圏の境界線そのものを決めるインフラでもある。船が減るということは、島の暮らしの輪郭が縮むということだ。通学できない、通院しにくい、買い物に出られない——足がなくなることは、地域の「できること」の総量を削る。

市は船員確保のための支援策を検討しているとされるが、具体的な制度設計はまだ見えていない。「人を増やす」だけでなく、ダイヤの組み方、船の規模、橋との役割分担といった仕組みの再設計が問われている。

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二、東広島のバス——海を越えて届いた「運転できる手」

尾道が「人がいない」ことに苦しむ一方で、東広島のバス会社・芸陽バスは別の答えを出した。2024年、インドネシアから特定技能制度を活用して外国人バス運転手を受け入れた。広島県内では2社目の取り組みとなる。

特定技能「自動車運送業」は2024年3月に追加された比較的新しい分野だ。制度としてはまだ運用が始まったばかりで、受け入れ企業側にも手探りの部分が多い。日本語能力の要件、日本の大型二種免許の取得、安全教育——クリアすべきハードルは決して低くない。それでもこの会社が踏み切ったのは、待っていては路線が維持できないという切迫があったからだろう。

入社したインドネシア人運転手は「家族に誇れる運転手になりたい」と語ったという。この一言には、本人の意志だけでなく、母国の家族との関係、日本での暮らしへの覚悟、職業に対する敬意が重なっている。言葉をそのまま受け取りたい。

ただし、ここで「外国人が来てくれたから解決」と読むのは早い。特定技能制度には在留期間の上限があり、永住を前提としない設計になっている。つまり、数年後にまた同じ問題が起きる可能性がある。人を「調達」する仕組みではなく、人が「定着」する仕組みをどう作るか——制度の次の段階が問われている。

バス運転手の不足は広島に限った話ではない。全国のバス事業者が減便や路線廃止に追い込まれている。国土交通省の調査では、バス運転手の有効求人倍率はここ数年、全職種平均の2倍以上で推移している。東広島の試みは、一社の工夫であると同時に、日本の地域交通が迫られている選択の縮図でもある。

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三、カープのドラフト——「高校生ゼロ」が語る時間の値段

2024年のプロ野球ドラフト会議で、広島東洋カープは支配下6人・育成3人の計9人を指名した。全員が大学生。高校生の指名はゼロ。球団史上初めてのことだった。

カープといえば、長年「育成のカープ」と呼ばれてきた球団だ。資金力で他球団に劣る分、高校生をじっくり育てて主力にする——前田智徳、黒田博樹、野村謙二郎といった名前が、その系譜を物語る。その球団が、育成の入り口である高校生を一人も獲らなかった。

これを「即戦力志向」と呼ぶのは簡単だ。しかし、もう少し構造を見たい。高校生を一人前にするには、一般的に3年から5年かかる。その間、二軍の指導者の時間、試合機会、寮の枠、コーチングのリソースが必要になる。つまり「育てる」とは、時間だけでなく、組織の余白を使うことだ。

今のカープに、その余白があるかどうか。2024年シーズンはリーグ4位に終わり、チームの世代交代が急務とされている。新井貴浩監督の就任以降、チームは再建途上にある。ここで高校生に3年待つことは、ファンにも、フロントにも、選手自身にも重い。大学生を9人獲るという判断は、「いま回す」ことを選んだ結果だ。

この構図は、渡船やバスの現場と驚くほど似ている。育てたいけれど、育てている間に現場が止まる。だから「すぐ動ける人」を求める。その判断は合理的だが、数年後に再び同じ問いが返ってくることも、どの現場も分かっている。

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三つの現場が指し示すもの——「余白」の不在

渡船は、船員を育てる余裕がないまま減便した。バス会社は、国内で運転手を育てる時間がないまま海外に手を伸ばした。カープは、高校生を育てる余白がないまま大学生に全振りした。

三つの現場に共通するのは、「いま足りない」という圧力が、「将来を仕込む」という時間を押しつぶしている構造だ。これは広島だけの話ではない。日本中の現場で、同じ力学が働いている。介護、建設、物流、教育——どの分野でも「即戦力」という言葉が繰り返されるのは、裏を返せば「育てる余裕がない」ことの表明にほかならない。

しかし、ここで立ち止まって考えたいことがある。仕組みで回すこと自体は、悪いことではない。むしろ、個人の頑張りに依存しない仕組みこそが、持続可能な現場を作る。問題は、仕組みが「応急処置」のまま固定化されることだ。

特定技能制度でバス運転手を受け入れること。大学生中心のドラフトを組むこと。分散登校で渡船の減便に対応すること。どれも「いまを回す」ための合理的な判断だ。だが、その仕組みの先に「次を育てる」回路が組み込まれているかどうかで、意味はまったく変わる。

東広島のバス会社が、外国人運転手を一時的な労働力ではなく、地域の交通を担う仲間として迎えられるかどうか。カープが、来年以降のドラフトで再び高校生を獲れる体制を整えられるかどうか。尾道市が、船員の確保だけでなく、渡船という都市構造そのものを次の世代に手渡せる設計を描けるかどうか。

「いま回す」と「次を仕込む」は、本来どちらか一方を選ぶものではない。両方を同時に走らせる仕組みを作れるかどうかが、地域の体力そのものを決める。

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朝の桟橋で次の便を待つ中高生。初めてバスのハンドルを握るインドネシアの青年。ドラフトで名前を呼ばれた大学生たち。三つの現場に立つ人たちは、それぞれの場所で「いま、ここで動く」ことを選んだ人だ。その選択が、応急処置で終わるか、次の仕組みの最初の一手になるか——答えは、これから広島が作る。

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