広島弁に戸惑う介護職員、インドネシア出身の国家試験合格者——「言葉の壁」の両側にある仕組みを読む
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同じ「言葉の壁」が、ある現場では混乱を生み、ある人には道を開いた
広島県の介護現場から、対照的な二つの話が届いた。一つは、外国人介護職員が広島弁に戸惑い、利用者との意思疎通に苦慮しているという報告。もう一つは、府中市の介護施設で働くインドネシア出身の女性が、介護福祉士の国家試験に合格したという知らせだ。
片方には混乱があり、片方には達成がある。しかしどちらも「言葉」という同じ壁の前に立っている——違いを生んだのは、個人の努力の差だけではない。壁の手前に、どんな仕組みが置かれていたか。そこを読まなければ、この二つのニュースの意味は見えてこない。
有効求人倍率の向こう側——数字が語る構造的な人手不足
広島県における介護職の有効求人倍率は、厚生労働省の職業安定業務統計によれば近年おおむね3倍台から4倍台で推移している。全職種平均の1.3倍前後と比べれば、その開きは歴然だ。求人を出しても人が来ない——これは一時的な現象ではなく、高齢化と生産年齢人口の減少が重なった構造的な問題である。
厚生労働省が2021年に公表した推計では、2025年度に全国で約32万人の介護人材が不足するとされた。広島県も例外ではなく、県は外国人介護人材の受入れを積極的に進めてきた。EPA(経済連携協定)に基づく候補者の受入れ、技能実習制度、特定技能——複数の在留資格の枠組みが並走し、県内の介護施設には東南アジアを中心とした国々から職員が集まっている。
しかし、制度が人を「届ける」ところまでは設計されていても、届いた先で何が起きるかは、また別の話だ。
「てごうする?」が通じない——方言という見えにくい壁
外国人介護職員の多くは、来日前に日本語能力試験N4からN3程度の日本語を学んでいる。テキストに載っている標準語であれば、基本的な会話は成り立つ。だが介護の現場で利用者が話すのは、教科書の日本語ではない。
広島弁には独特の語彙と語尾変化がある。「てごうする?」は「手伝う?」の意味だが、これを聞いた外国人職員が何を求められているのか分からず立ち尽くした——という場面が報じられている。「はぶてる」は「すねる・ふてくされる」を意味する広島弁だが、利用者の感情の変化を読み取る手がかりとなるこの一語が伝わらなければ、ケアの判断そのものに影響が出る。「たいぎい」(面倒だ・しんどい)、「いなげな」(おかしな・変な)——こうした表現は、利用者が自分の体調や気分を伝えるときにごく自然に口をつく言葉だ。
ここで注目すべきは、これが「外国人の日本語力が足りない」という一方向の問題ではない、ということだ。方言は利用者にとっての母語であり、生活の言葉である。高齢の利用者に「標準語で話してください」と求めることは現実的ではないし、そもそもそれは相手の尊厳に関わる。つまり「言葉の壁」は、外国人職員の側だけでなく、利用者の側にも存在している。壁は両側にある。
広島県はこの課題に対し、外国人介護職員向けの「方言ハンドブック」を作成した。頻出する広島弁を標準語と対訳で一覧にし、場面ごとの用例を添えたものだ。施設によっては、日本人職員が「通訳」の役割を担い、利用者の方言を外国人職員に噛み砕いて伝える運用をしているところもある。
ただし、ハンドブックはあくまで入口にすぎない。方言は文脈と声色と表情の中で意味が変わる。紙の上の対訳だけでは拾いきれないものがある。現場で日々繰り返される会話の中で、少しずつ耳が慣れていくしかない部分も大きい。問題は、その「慣れるまでの時間」を現場が待てるかどうか——そして、待てる体制が組まれているかどうかだ。
府中市の合格者が歩いた道——仕組みが支えた4年間
府中市の介護施設で働くインドネシア出身の女性が、介護福祉士国家試験に合格した。EPA(経済連携協定)の枠組みで来日し、介護福祉士候補者として施設に配属されてから約4年。日本語の学習と介護の専門知識の習得を並行して進め、試験に臨んだ。
EPAの介護福祉士候補者には、来日前に約6か月間の日本語研修が課される。来日後も、受入れ施設には候補者の学習支援が義務づけられており、国際厚生事業団(JICWELS)を通じた通信添削や模擬試験、学習教材の提供といった支援メニューが用意されている。施設側にも、候補者一人あたり年間最大約36万円の学習支援費が助成される仕組みがある。
彼女の合格を「個人の努力の成果」と語ることは間違いではない。だが、その努力が実を結ぶまでの道筋に、制度と施設が敷いたレールがあったことを見落とすべきではないだろう。来日前研修、配属後の学習時間の確保、日本人職員によるマンツーマンの指導体制、試験対策のための教材——これらの仕組みが噛み合って初めて、4年後の合格という結果にたどり着いた。
介護福祉士国家試験の合格率は、日本人受験者を含む全体で例年70%前後だが、EPA候補者に限ると近年は50%台にとどまることが多い。日本語で書かれた専門用語の壁は依然として高い。それでも合格率は制度開始当初の数%台から着実に上昇しており、これは個々人の資質ではなく、支援の仕組みが年々改善されてきた結果だと読むのが妥当だ。
二つの現場を分けたもの——「届けた後」の設計
広島弁に戸惑う現場と、国家試験に合格した個人。この二つを並べたとき見えてくるのは、制度が人を「届ける」ところまでは比較的よく整備されている一方で、届いた先——配属後の日常を支える仕組みには、まだ大きなばらつきがあるという現実だ。
EPA候補者のように、来日から試験合格までのロードマップが明確に設計されている枠組みでは、学習支援も体系的に組まれやすい。一方、技能実習や特定技能の枠組みで来日した職員の場合、日本語教育の水準や方言対応の有無は、受入れ施設の裁量と余力に大きく左右される。方言ハンドブックを配布する自治体もあれば、そうした支援が存在しない地域もある。
つまり、同じ「外国人介護職員」であっても、どの在留資格で来日し、どの施設に配属され、どの地域で働くかによって、言葉を支える仕組みの厚みがまるで違う。個人の努力に頼る構造と、仕組みで支える構造——その差が、現場の混乱と個人の達成を分けている。
これは誰を楽にする話なのか
方言ハンドブックの作成も、EPA候補者への学習支援も、一見すると「外国人職員を助ける取り組み」に見える。だが少し視点を引いてみれば、これらの仕組みが最終的に楽にするのは、介護を受ける利用者自身だ。
職員が利用者の言葉を理解できれば、「たいぎい」と漏らした一言から体調の変化を拾える。「はぶてとる」と周囲が気づけば、感情のケアに早く入れる。言葉が通じるということは、安全と尊厳の土台である。それは外国人職員のためだけでなく、その手を必要としている高齢者のための仕組みでもある。
広島県の介護現場が抱える課題は、広島だけのものではない。方言の壁は全国どこにでもある。青森の津軽弁、鹿児島の薩摩弁、沖縄のうちなーぐち——地域ごとに固有の言葉があり、そこに外国人職員が入っていく構図は今後ますます広がる。
全国一律の日本語教育だけでは、この壁は越えられない。地域ごとの言葉を、地域ごとの仕組みで支える。その設計思想が、これからの外国人介護人材の受入れには不可欠になる。
今後の注目点
第一に、方言対応を含む日本語教育が、施設任せではなく自治体や業界団体の仕組みとしてどこまで標準化されるか。第二に、EPA以外の在留資格——特定技能や技能実習の枠組みにおいて、学習支援の質と量がどこまで底上げされるか。第三に、利用者側の理解促進——外国人職員と接する高齢者やその家族に向けた情報提供や心理的なサポートがどう設計されるか。
言葉の壁は、片側からだけ押しても倒れない。外国人職員が日本語を学ぶ努力と、受入れ側が仕組みを整える努力と、利用者が新しい関係性を受け入れる時間——その三つが揃ったとき、壁は少しずつ、扉に変わっていく。
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