カキが広島から愛南町へ渡り、カキ殻が江田島の海底に沈む——瀬戸内「牡蠣の循環」の設計図

広島の牡蠣が8割死んだ年に、何が動いたか 2024年、広島県の牡蠣養殖は記録的な大量死に見舞われた。養殖業者の一人は「8割死んだ」と語り、県全体の生産量は前年から大きく落ち込んだ。日本一の牡蠣産地を支えてきた仕組みが、海水温の上昇や栄養塩

By Rei

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広島の牡蠣が8割死んだ年に、何が動いたか

2024年、広島県の牡蠣養殖は記録的な大量死に見舞われた。養殖業者の一人は「8割死んだ」と語り、県全体の生産量は前年から大きく落ち込んだ。日本一の牡蠣産地を支えてきた仕組みが、海水温の上昇や栄養塩の減少といった環境変化の前に揺らいでいる——その事実だけなら、よくある「産地の危機」の話で終わる。

だが、この危機の裏側で、少し変わった動きが始まっていた。広島から約200km離れた愛媛県愛南町が広島産の種苗を仕入れ、自らの海で育て始めたこと。そして広島県江田島市の漁協が、養殖後に残る大量の牡蠣殻を海底に沈め、漁場の底質改善に充てていること。種苗が西へ渡り、殻が海底に還る。この二つの流れをつなげて見ると、瀬戸内海に「牡蠣の循環」とでも呼ぶべき構造が浮かび上がる。

これは誰かが壮大な計画を描いたわけではない。それぞれの現場が、それぞれの事情で動いた結果、噛み合い始めた仕組みの話だ。

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愛南町が広島の種苗を選んだ理由

愛南町は愛媛県の最南端、豊後水道に面した町だ。もともとタイやブリの養殖が盛んだが、近年は牡蠣養殖にも力を入れている。注目すべきは、愛南町が種苗の調達先として広島を選んだという点にある。

牡蠣養殖において種苗——つまり稚貝をどこから得るかは、生存率を左右する重要な変数だ。広島湾で採取された種苗は、瀬戸内海の環境に適応した遺伝的特性を持つとされる。愛南町の養殖業者がこの種苗を豊後水道側の海域で育てたところ、広島湾内で見られたような大量死は起きず、死亡率は顕著に低下した。

なぜか。広島湾では近年、夏場の海水温が30℃を超える日が増え、さらに下水処理の高度化によって海中の窒素・リンが減少し、牡蠣の餌となる植物プランクトンが不足する「きれいすぎる海」問題が指摘されている。一方、愛南町の海域は外洋に面しているため水温が比較的安定し、潮通しもよい。同じ種苗でも、育つ海が変われば結果が変わる——産地と育成地を分離するという発想が、ここでは機能している。

愛南町の養殖業者は「愛南カキは存続できる」と語った。この言葉には、単なる楽観ではなく、広島という巨大産地の危機を横目に見ながら、自分たちの海の条件を冷静に見極めた判断がにじむ。愛南町にとって牡蠣は、タイ・ブリに続く「第三の柱」になりうる。種苗の仕入れコストは発生するが、広島の種苗業者にとっても、湾内で育てきれなくなった種苗の新たな出荷先が生まれることを意味する。危機が、結果として産地間の補完関係を生んだ。

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450トンの殻が海底に還る——江田島の設計

牡蠣を食べれば、殻が残る。広島県は年間およそ10万トン前後の殻付き牡蠣を生産してきた産地であり、養殖・加工の過程で排出される殻の量は膨大だ。この殻の処理は長年の課題だった。一部は肥料や土壌改良材、建材の原料として再利用されてきたが、すべてを陸上で処理しきれるわけではない。

そこで江田島市の漁協が進めているのが、牡蠣殻を海底に投入する取り組みだ。その規模は約450トン。漁協は殻を砕いて海底に沈め、底質の改善を図っている。

牡蠣殻の主成分は白色炭酸カルシウム——つまり石灰質だ。海底に沈んだ殻は、いくつかの機能を果たす。第一に、軟弱な泥底を物理的に硬くし、底生生物が定着しやすい基盤をつくる。第二に、殻の表面が微生物の付着基質となり、有機物の分解を促進する。第三に、殻の隙間が小型の甲殻類や稚魚の隠れ場所となり、生物多様性の回復に寄与する。

江田島の漁業者にとって、これは牡蠣養殖のためだけの施策ではない。底質が改善されれば、アサリやナマコといった他の水産資源の回復にもつながる。実際、牡蠣殻を投入した海域では底生生物の種数が増加したという報告もある。廃棄物だったものが、海の基盤インフラに変わる。この転換には、処理コストの削減と漁場価値の向上という二重の経済合理性がある。

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「入れ子構造」という読み方

広島で生まれた種苗が愛南町の海で牡蠣になり、広島で出た殻が江田島の海底で漁場を支える。この二つの流れを重ねると、牡蠣という生き物を媒介にした「入れ子構造」が見えてくる。

従来の牡蠣養殖は、一つの産地の中で完結する垂直統合型のモデルだった。種苗の採取、養殖、加工、殻の処理——すべてが広島湾という一つの海域の中で行われてきた。だが、環境変化がその前提を崩しつつある。海水温の上昇、栄養塩の減少、赤潮や貧酸素水塊のリスク。一つの海域にすべてを依存する構造は、変化に対して脆い。

いま起きているのは、その垂直統合が緩やかに「水平分散」へと組み替えられる過程だ。種苗の生産は広島が担い、育成は愛南町のように環境条件の異なる海域が引き受ける。殻の処理は江田島のように漁場再生の文脈で活用される。それぞれの地域が、自分たちの海の条件に合った役割を担う。

この構造の面白さは、誰かが全体を設計したわけではないという点にある。広島の種苗業者は種苗の出荷先を探していた。愛南町の養殖業者は新たな収益源を求めていた。江田島の漁協は殻の処理と漁場改善を同時に解決したかった。それぞれの課題が、結果として一つの循環を形づくっている。個々の判断が、事後的に「仕組み」になる——そういう種類の秩序だ。

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まだ見えていない接続点

もちろん、この循環はまだ完成形ではない。いくつかの問いが残っている。

第一に、種苗の安定供給の問題がある。広島湾の環境悪化が続けば、種苗そのものの生産量が減少する可能性がある。愛南町が広島産種苗に依存し続けることのリスクを、どう分散するか。宮城や岩手など他産地の種苗との比較検証も必要になるだろう。

第二に、愛南町で育った牡蠣のブランディングの問題がある。「広島の種苗を愛媛で育てた牡蠣」は、消費者にとって何産の牡蠣なのか。産地表示のルールと、消費者の認識のあいだにズレが生じる可能性がある。この点は、事実と表示を一致させる仕組みを早い段階で整えておく必要がある。

第三に、牡蠣殻の海底投入の効果検証だ。450トンという規模が、どの程度の面積の底質改善に寄与するのか。投入後の生物相の変化を定量的にモニタリングし、データとして蓄積していくことが、この取り組みを「実験」から「制度」に変える鍵になる。

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仕組みが回り始めるとき

瀬戸内海の牡蠣をめぐるこの動きは、まだ大きなニュースにはなっていない。広島の大量死は報じられても、その裏で種苗が愛南町に渡り、殻が江田島の海底に沈んでいることを、一つの構造として伝える記事はほとんどない。

だが、地域の営みというのは、往々にしてそういうものだ。派手な転換点があるわけではなく、それぞれの現場の小さな判断が積み重なり、ある日振り返ると「仕組み」になっている。個人の頑張りではなく、関係性の設計によって回り始める構造——それ自体に、少し希望がある。

広島の海で生まれた小さな稚貝が、愛南町の潮の中で殻を厚くしていく。その殻がいつか、江田島の海底で別の生き物の足場になる。牡蠣という生き物が、産地の境界を越えて、瀬戸内海の海底をつくり直している。そのことを、静かに見ていたい。

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